だきしめたい。 4

・・・・・from「だきしめたい。」

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「なんなんだこれ! こんな……こんなの査問なんかじゃない、どっちに転んでもあっちに都合のいい無茶苦茶な取引を持ちかけて、何が公正な査問だ!」
「滅多なことを言うな、手塚」
「しかし!」
「手塚」
 ばんと机を叩いて立ち上がった手塚を玄田が静かに一喝し、隣の席の小牧がその腕を掴んで無理やり座らせた。手塚はその腕を堅く強張らせていたが、やがて「くそっ」と小さく吐き捨てて俯いた。

 この質問の流れは、明らかに不当な取引だった。

 堂上をはじめとした特殊部隊の上官たちが郁に原則派たるよう教育したことを認めなければ、郁自身に自分が原則派であることを認めさせ、原則派の失点としてカウントする。

 逆に、郁が自身が原則派であることを認めなければ、代わりに郁が原則派である(と彼らが判断した)その責を上官たちに求め、特殊部隊を直接攻撃するきっかけとする。その結果、郁は査問から解放される。

 今まではずっと、まず郁が原則派であるという言質を取り、そこから特殊部隊の偏向を突こうという意図に基づいて査問が進行していたが、ここへ来て戦法を変えてきたのだ。郁が原則派であることを認めなくとも、彼らの欲しい成果を手にできるように。
 それだけ郁が今までよく踏ん張ってきたということでもあるが……しかし、これは。いずれに転んでも行政派の得にしかならない、汚い取引──いや、これは踏み絵だ。自分を差し出すか、隊を差し出して自分が査問から解放されるか。本来ならあり得ない判断を郁一人に負わせている。郁が一ヶ月半に渡る査問で激しく疲弊していることを衝いての、ある意味「誘い」であることは明白だった。
「汚ねェ……」
 自分でも気づかぬうちに、手塚は小さく声を漏らした。
 手塚も郁同様に堂上たちに原則派たれと特に教育された覚えなどない。目の前にある尊敬する背中から伝わるものを自分の理想とし、それを追おうと決めたのは手塚の意志であり、誰に強要されたものでもない。それは郁も同じだろうと手塚は思う。
 原則派的な資質があるかないかと問われれば、ある、と答えるのが本来は正しいのだろう。しかし、原則派を陥れることが目的であるとわかっている場でバカ正直にそんなことを答えてやる必要もない。
 そう、この査問は郁の図書隠蔽への関与を問いただすことを第一の目的としているわけではない。彼らの目的は原則派全体への攻撃だ。郁をとっかかりに、どれだけの失点を特殊部隊に、原則派にぶら下げられるのか。郁そのものを落とすことが目的ではないのだ。
 しかし、手塚も加わって査問のたびに更新されていく対策問答集はあくまでも郁を守ることを第一に考えて練られていた。なぜなら郁を守ることが、特殊部隊を、原則派を守ることになるから。
 今、郁たった一人だけが、原則派すべてを背に負って行政派の矢面に立っているから。
 その上、職場を離れて寮に戻っても、査問中の人間に対する風当たりは容赦がない。同室で、今はすべてを郁に押し付けて逃げ去った砂川が寮でどれだけ冷たい目で見られていたかを間近で見ていた手塚にもそれは容易に想像がつく。そして、郁が日に日に笑顔を擦り減らせていく様も、毎日顔を合わせる同僚であるからこそ、よく知っている。
 内でも、外でも。郁がすべての風当たりを一身に受ける。
 それでも、郁はよく頑張っていると手塚は思う。査問に召集されたのが自分だったら何なく切り抜けてやるのに、という思いは今も拭えないが、しかし普段あれだけ元気で能天気な郁がここまで疲弊しているのを見ていると、果たして本当に自分は同じだけの圧迫を乗り切れるだろうか、と思ってしまうことがあるのも事実だ。しかし、郁が時折苦しげな顔を見せたり、物陰で深い息を吐いていたりするのに気付いても、それでもあえてそれを指摘し、あまつさえ心配などしてやるのは、郁に失礼だと思った。それは郁の踏ん張りを否定することになるから。普段通りに接することが、あくまで強がって見せる郁への支えになるはずだから。それはきっと、堂上も、小牧も、特殊部隊のみんなが同じ思いのはずだ。
 とはいえ、郁の精神力が日々削られていくことには変わりなく──そして今日、ついに、涙を見せた。手塚が郁の泣くのを見るのは、そういえば初めてだった。
 こいつだけが、なぜ。
 その問いの答えは査問開始当初に既に与えられている。手塚もそれを理解はする。しかし、今に至るまで当然納得はしていない。
 そして、今はまだ手塚の内にのみある疑惑が大きく首をもたげる。
 まさか……まさかとは思うが。そこまでするだろうか。ただ俺一人のために、この図書隊という組織内の対立までもを道具として。
 しかし、柴崎の協力も得つつ手塚が掴んだ状況証拠を並べて考えれば考えるほど、その疑いは限りなく黒に近い。
 まさか……俺のせいで。
 自分でも気付かぬうちに奥歯を噛みしめていた手塚の耳に、小さくかすれた声が聞こえた。その言葉に手塚は息を呑んだ。
「すみません……あたしのせいで」


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