だきしめたい。 5・・・・・from「だきしめたい。」 |
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「あたしが……あたしが悪いのに」 その、普段からは想像もつかないような弱く、か細い声に、堂上は机の上で組んでいた自分の手を凝視していた視線をあげて、向かいの席の郁を見た。その瞳は伏せられ、きつく閉じられている。その目尻が赤く染まり、閉じたはずのまぶたから絶えることなく涙が流れていき……それが目に入った途端に心臓がぎゅっと絞られた気がした。 「すみません。あたしがバカなばっかりに、みんなにまで……隊長や、堂上教官たちにまで……」 「奴らの狙いはもともとお前じゃなくて特殊部隊だ。あいつらのたわごとに飲まれるな」 玄田が簡潔に言うが、それで郁の涙も声の震えも止まるわけではなかった。 「だ……って……くやし……っ……堂上教官のせいじゃないのに……悪いのは、バカで未熟なあたしなのに」 ごめんなさい。そう言う郁の声が途切れ途切れに震える。 泣くな。そう言って手を伸ばしたくなるのを堂上は握りしめた手をさらに強く握ることでこらえた。 郁はよく泣く。いい歳をした大人とは思えないほど涙腺がもろい。しかし、決して自分のためだけには泣かないことを堂上は知っている。 ときには自分の力不足を責めるとき。 あるいは、他人の痛みを思うとき。 そして、今の涙は、その二つが入り混じっていた。 その涙は、正しいが、しかし、違う。 確かに、今こうして郁が査問に招集されているのは、特殊部隊を落とすためのきっかけとして普段の郁の行動や性格から導き出されたあやうさを狙い撃ちされたからだ。その点においては、郁の言うことは正しい。 しかし、その矛先が特殊部隊全体に向かおうとしているのは、郁のせいではない。 堂上のせいだ。 今回俎上にあげられた郁の教育期間中の見計らい事件。本当ならば見計らいは行われず、郁にとって手痛い反省材料になって終わるはずだった。周囲から見てもバカな新人の失態の笑い話で済むはずだった。 しかし、それを正式な手続きとして成立させたのは、他の誰でもない堂上だ。二度としないと誓った過ちをふたたび繰り返して……それでも、彼女を守りたいと思ってしまった。確かにその場には玄田も小牧もおり、彼らもそれを止めなかった以上、連帯責任ではあるのだが、それでも最初に手を差し伸べたのは堂上なのだ。 そしてそのことが、事を郁一人の問題から隊全体の問題へと変質させ、そして、郁に背負わせるものを重くした。 自分を差し出すか、隊と上官を差し出すか。 そんな卑劣な取引を迫られた郁がどれだけ動揺し、苦しんだのか。しかし、その状況を引き起こしたのは、まぎれもない自分なのだ。 『好きな女が自分をダシに窮地に陥れられたら、そんな状況黙って見てられるんですか!?』 ふと、いつか郁に投げつけられた言葉を思い出した。それはまさに今、目の前で起きている状況そのものだった。 ……好きな女、なんかじゃない、が。 自分をダシに、どころか、まさしく自分が原因で、大事な……大事な部下が、窮地に陥れられている。 黙って見ていられるのか、だって? そんなはずあるか。どうにかして救いたい──守りたい。そんなこと、当のお前なんぞに言われるまでもない。 しかし、今の俺にできることはなんだ。お前をそこまで追いつめた原因である俺に何ができるのか。 今、俺のすべきことはなんだ─── バンッ。 突然響いた音に堂上は、いや、そこにいた全員が身をびくりと震わせ、顔をあげた。……机をその手で叩き、その音を出した玄田以外は。 「対策を練るのは明日にする。お前ら、今日はこのまま訓練に行って頭ン中真っ白になるまで走ってこい。ぐだぐだしてる頭じゃロクな考えも湧いてこねえ」 それだけ言い放って、玄田は立ち上がるとさっさと隊長室を出て行ってしまった。 後に残された面々の視線は、自然と班長である堂上に集まる。堂上は無意識のうちに詰めていた息を静かに吐き出し、立ちあがった。 「……隊長の言う通りだな。堂上班はこれから訓練に合流する。一六三○にグラウンドに集合だ、いいな」 堂上の指示に残り三名も立ち上がって敬礼する。小牧、手塚の順に隊長室を出ていき、続いて出ていこうとする郁に、堂上が声をかけた。 「笠原」 「はい」 振り返ったその顔は、かろうじて涙は止まってはいたがいまだぼろぼろで、とてもこのまま人前に出られるような状態ではない。しかし郁は、ぎゅっと歯を食いしばり、唇を引き締めまっすぐに堂上を見返した。 「行けるか?」 「はい。大丈夫です」 普段ならその後ににっこりと笑って見せるのだろうが、さすがにそれは無理のようだった。それでもなんとか笑って見せようとするその瞳が痛々しかった。 「無理はしなくていい。不安定な状態で訓練に入っても怪我の元だ」 「いえ、大丈夫です。あたしも隊長の言う通り、体を動かして一度頭を真っ白にした方がいろいろリセットできていいと思うんで」 ご心配ありがとうございます。 そう言って、一度だけ袖口で目元をごしりとこすると、郁は頭を下げて隊長室を出て行った。 堂上はその背中を、拳を握り締めて見送るしかなかった。 |
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