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相変わらずの食いっぷりではある。 自分の正面で昼定食をかきこむ郁を見ながら堂上は思う。 防衛部の男子隊員の腹を満たすのに十分なボリュームを誇るその定食は、普通の女子なら完食するのは相当無理があるはずだが、こと郁に関しては全く当て嵌まらない。むしろこのあとにデザートを追加することも多いくらいだ。現に今日も、郁のトレイの隅には追加で買ったフルーツヨーグルトのカップが鎮座ましましている。そこまでまったくいつもと変わらない。 しかし、最近の郁の食いっぷりは明らかにいつもと違う。 どこが、何が違うのか。そんなことを考えていたら、横から小牧に肘で突かれた。 「なあに、堂上、笠原さんに見惚れちゃって」 「……なに言ってんだ。俺はただ、相変わらず無駄に男らしい食いっぷりだなと呆れてただけだ」 「呆れるってなんですか、呆れるって! 戦闘職種は体力勝負ですからね、がっつり食べるのも仕事でしょ!」 堂上の軽口にそうやって噛み付いてくるのもいつも通りだ。 なのに、何かが違う。なんだろう、喉元まで出かかっているのに。 「それにしたってがっつき過ぎだろ。おまえ、どんだけ飢えてんだ」 郁の隣の手塚も呆れたように言う。郁はそれにも律義に「うっさいな! 腹が減っては戦が出来ぬって言うでしょ!」と噛み付いて、残りの味噌汁を一気に流し込んだ。 そこで、堂上は、あ、と気付いた。 ……うまそうじゃないんだ。 郁の食事姿は、この年頃の女性にしてはかなり豪快だ。量もさることながら、大口開けてもりもり食う様も、あの何かと「女の子らしく」が口をついて出るという郁の母親からしたら激怒ものであろうダイナミックさだ。 しかし、品がないとか、そういうマイナスなイメージは全くない。むしろ、いっそほほえましくさえ見える。 なにせ、本当にうまそうに食うのだ。 満面に笑みを浮かべ、皿の上の料理を真剣に見つめ、どんなおかずももぐもぐとよく噛んで食べる。 一体どれだけうまいものを味わっているのかと思わされてしまう程なのだ。実際にはまるで同じ定食を食べているにも関わらず。 こいつは本当にガキのような、とも思うが、しかし食事をおいしく食べられるというのは身も心も健康な証であるし、またそれがストレートに顔に出るのは郁の素直な心根の表れである。 全く、本当に、こいつらしい。 いつも、苦笑しながらもそんなことを思いながらその様子を見ているのだが。 食べるのも仕事。 腹が減っては戦が出来ぬ。 今の郁にとって、食事は義務になっているのだ。 うまいとは思えない。だが食べない訳にはいかない。 ぶっ倒れる訳にはいかないから。 体も、心も。 だから、食べる。車にガソリンを流し込むように、機械的に。 それは、郁がどれだけ追い込まれていて、参っていて……しかしそれでも、不当な圧力には負けまいとする意志の表れなのだ。 それに気付いて、堂上はぎり、と奥歯を噛んだ。 辛くなったら言え、と言ってあるにも関わらず、どこまでも強がろうとする郁がひどく痛々しく、そして歯痒い。なぜ周りの人間を……俺を頼らないのかとどうしようもなく苛立つ。 俺は、そんなに頼りないか。信頼できないか。 しかしそんな思いを郁にぶつける訳にもいかず、結局堂上は郁がその機械的な食事を終えるのを黙って見ていた。 「はー、ごちそうさま! おいしかった!」 まるで自分に言い聞かせるように大きな声で言うと、郁はトレイを持って立ち上がった。 「おい、どこ行くんだよ」 湯呑みを手にした手塚が郁を見上げる。今日のように班の全員が揃った昼食後は午後の始業まで小さなミーティングも兼ねた雑談になだれ込むのが常なのだが、最近はたびたび、郁がこうして一人で先に席を立つことがある。 「どこって、休み時間だもの、他に行きたい場所くらいあるわよ」 手塚の質問に対する答えとしては甚だ不十分な言葉だけを返し、堂上には「五分前にはちゃんと戻りますから」と言って席を離れていった。 確かに、個人的に本を借りに行くとか、業務部まで柴崎あたりに会いに行くとか、休み時間ならではの所用はいくらでもあり得て、だから郁の行動はなんら不自然ではない……はずなのだが、堂上はどうしても釈然とせず、その後を追いかけんと立ち上がろうとして、しかし、その腕を小牧に掴まれた。 「なんだ、小牧」 「行ってどうするの。少しは笠原さんにも息をつかせてあげなよ」 ……どういうことだ。堂上は声に出さずに問いかける。それに、小牧は小さなため息を返した。 「あの、なんでもすぐ顔に出ちゃう子が俺達の前で強がってるには相当気力がいるはずだよ。少しは一人にしてあげないと、笠原さん、焼き切れちゃうよ」 どうやら小牧も郁の強がりに気付いていたらしい。それもおそらく、堂上よりも早く、そして冷静に。言われてそれに気付き、堂上は心の中で舌打ちした。くそ、なんだって俺はこう冷静になりきれないんだ。ことあいつに関してはいつもそうだ。 ふと向かいの席をみれば、空になった正面の席の右側で、手塚が悔しそうに俯いてテーブルに目を落としていた。 なぜ、あいつが。あいつだけがこんな目に。その思いは心ならずも図書隠蔽の現場に郁と同じく居合わせた手塚が一番強いだろう。 それを思えば、上官である堂上が一人先走る訳にもいかない。 そんなこと、当然わかっているのに。 堂上はあらためて、トレイを持って立ち上がった。 「堂上」 小牧は今度は腕を掴みはしなかったが、しかしその声が責めるような色を帯びていた。その小牧を堂上はしっかりと見返した。 「所在だけ確認してくる」 それだけ言って向けた背中に小牧の声が刺さった。 「過ぎたるは、だよ、班長」 きっと漢字で言われたのに違いない堂上の役職名は、小牧が堂上を正論で刺すときに現れる呼び名で、だから堂上は小牧が狙った通りの痛みを胸に感じながら、トレイを返却口に置いた。 わかってる。 お前が一人になりたいのなら、強がってみせたいのなら。 それが俺達に心配をかけまいとするお前の意志なら。 それは尊重してやる。たとえ、それで余計に心配させられているとしても。 今の俺にできるのはそんなことしかない。 堂上はくそっ、と小さく吐き捨て、唇を噛んだ。 |
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