home 3・・・・・from「だきしめたい。」 |
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前方から現れたのは堂上だった。 「堂上教官? なんでこんなとこに」 自分こそ、何を好き好んでわざわざこんな暑苦しい中にいたのかと問われても仕方がないのに、郁は尋ねずにいられなかった。ああ、この人には……あんたにだけは、へこたれた顔なんか見せたくないのに。一体いつからそこにいたのだろう。 「そろそろ時間だからな、また間際に駆け込まれても迷惑だから連れに来た。相変わらず、猫みたいな場所にいるなお前は」 「……別に、泣いてなんかいませんよ?」 今までにも堂上には一人で涙を流しているところを捕まえられたことが何度かある。今回もそう思われたのだとしたら……郁は悔しさに思わず唇を噛んだ。が、堂上から返って来た言葉はむしろ呆れた色さえ帯びていた。 「なんで俺がお前が泣いてるかどうかいちいち心配しなきゃならん。どうせあの勢いで食い過ぎて、苦しくてベルト緩めてたんだろ。そりゃあいくら男前なお前でも人前じゃできないよなあ」 くくっと笑って背を向ける堂上に郁はぽかんとする。 「違うのか?」 思わず足を止めた郁を堂上がわずかに振り返る。その目に一瞬、困ったような色が浮かんだように見えて。 「しっ失礼な! そんなことしてません! ……苦しいなあと思ってたのはホントだけどっ」 郁は慌てて大声をあげる。いつも堂上に噛み付くのと同じに。 いつもの元気な自分と同じに。 小走りに堂上の横に並ぶと、「アホウが」と頭を押さえ付けられた。 「ちょっと! 何するんですか!」 「あんなところに巣箱があったんだな」 顔を伏せさせられたまま不意に言われ、郁が固まる。あ、あんた、一体いつから見てた。 そんな郁に気付いてかどうか、「さっきお前、木の上見てただろ」と言って……としたら、さっき立ち上がったときだろうか、と郁が思っていたら、再び思わぬ言葉が降って来た。 「壊れてちゃ、鳥も安心して住めないだろ。直してやったらどうだ」 ……え。 郁は再び固まった。まるで、自分の気持ちを見透かされたようで。 今の自分を囲む状況は、決して壊れている訳ではない。そう感じてしまうのは、あくまでそれに負けそうな郁の弱さゆえの勝手な主観だ。 しかし、そうとわかっていても、あの壊れた巣箱はいたたまれなかった。自分が壊れた場所に押し込められているようでたまらなかった。だから、せめてあれだけでも直してあげたいな、と思ってしまったのは事実だ。巣箱を直しても、何も状況は変わらないのに。それで郁の心が救われるのは……救われた気になるのは、郁のエゴでしかないのに。 そうとわかっているのに、それでも。 「……いいんですか?」 思わず聞き返してしまった。 あたしは、みんなが……信じてくれるあんたがいるから、大丈夫、頑張れる、って思うのに、それ以上に救いを求めていいんだろうか。 郁の問いに、堂上は郁の頭を手で押さえ付けたまま答えた。 「いいもなにも、巣箱だって図書館の備品だ。それを直すのに誰が文句を言うんだ」 そう言った声はいつもの不機嫌そうな声で……違う、なんだろうこれは……そう、照れ隠し、みたいな? 何かを隠すのに取り繕うような色を帯びていて。 「……堂上教官、優しいんですね?」 押さえられた頭を軽く捻って、珍しく上目遣い気味に堂上を見てそう言うと、今度はかなり本気で頭をはたかれた。 「もう! せっかくほめたのに!」 「お前なんぞが俺をほめるとか十年早いわ! 生意気言うな!」 「なによ! たまにかわいい部下が厳しい上官を優しいって言ったのくらい素直に受け取るくらいしてくれたっていいでしょ!」 ホントに……うれしかったんだから。 郁の頭をはたいた後、ずんずんと数歩先を歩き始めた堂上がふと足を止める。お? と郁も立ち止まると、その郁の視線の少し下にある肩の線が力無く下がった。 「……お前にはまだまだ厳しさが足りんようだな」 「は?」 「午後の訓練、ぎっちりしごいてやるからな」 「何ソレ! 鬼教官再び!?」 「何とでも言え。お前なんぞに優しいとか言われてるようじゃ俺もまだまだ甘いようだからな」 「厳しいだけでどーすんですか! アメとムチって知ってます!?」 「だからお前にはムチが足らんと言ってる」 「信じらんない! 横暴だー!」 ぎゃいのぎゃいの言いながら歩く。それはいつもの二人の距離。 大丈夫……絶対、大丈夫。 だってここが、あたしのホーム。 ここでなら、ここだからこそ、あたしはいつも通り立っていられる。 いつも変わらず、追いかけさせてくれる背中だから。 絶対に、負けずに、倒れずに、追いかけ続けてみせる。 あんたの背中を。 「あたし、絶対に負けませんから」 会話の続きにかこつけて郁はそう言ってみた。どうか深読みしないで、と思いながら。その思いが通じたのかどうかはわからない。ただ一言、「いい子だ」と言って、堂上は前を行く。その声に、かすかに笑みの気配が混じっていたような気がして、郁は自分も思わず笑みを浮かべてその後を追った。 |
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fin. |