DRAGON GIRL 3・・・・・from「20XX12XX」 |
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* その日の夜、課業後に向かった駅前のラーメン屋のカウンターで、郁はあれからずっと気になっていたことを切り出した。 「あのとき、なんで変な顔してたんですか?」 問われた堂上は、湯気の向こうで軽く眉を寄せた。 「なんだ、変な顔って」 「昼にあたしが夢の話をしたときですよ」 どうせ願うなら「検閲がなくなりますように」くらいお願いするわよ。 そう言った郁の前で見せた苦笑は、その前にマンガの話をしていたときに見せたそれとは、どうも何か違う気がしたのだ。それはとても微妙な違いで、具体的にここが違うと言える訳ではないのだけれど、だのになんだかやけに心に引っ掛かった。 しかし返ってきたのは「ああ、なんだあれか」というそっけない言葉だった。 「なんだ、って! あたし、またなんかやらかしたかと思って午後中ずっと気になってたのに」 「やらかすこと前提なのはいい加減どうにかしろ」 「うー、今話してるのはそこじゃなくて!」 「言ったそばから『あれ?』って顔したから、また考え無しに口開きやがってこいつは、と思ってた」 そう言うと堂上は麺の上に載った縦割りの味玉をレンゲに載せてから一口でぺろりと食べた。その様子を郁はぽかんとした顔で見ていた。 「なんだ、玉子欲しかったか?」 「そうじゃなくて! ……いや、あの、えーと……なんでわかったのかな、と」 「お前、なめんなよ。俺がどんだけお前のこと見てると思ってんだ」 しれっと言い放つ堂上に郁は内心「ギャー!」と叫び声をあげた。 どうせ願うなら「検閲がなくなりますように」くらいお願いするわよ。 そう啖呵を切って見せたものの、実は言ったと同時に「もし本当に神龍を呼び出せたとしても、きっと自分はそれを願わないだろうな」と思い直していた。 そりゃ確かに、あたしにはどうしようもない程にでっかい願い事だけど。 でも、神龍にはきっと願わない。ううん、願ってはいけない。 だって、その願い事を叶えるのは、あたしたち、人間自身であるべきだから。 どれだけ時間がかかるのかわからないけれど。いつかその願いが叶った瞬間を自分が見届けられるかどうかすら。 それでも、人間が生み出した問題であるからには、やはり自分たち人間でケリをつけなければいけない。神様や神龍に叶えてもらっていい願いではない。 だから、あたしは、それを神龍には願わない。 ……ということに、言った次の瞬間気付いて、しまった本心と違う事を口にしてしまった、と実は自分自身がびっくりしてしまったのだが、それすら堂上にはあっさり見抜かれていたという訳だ。 思いつきの脊髄反射でモノを言うからこういうことになる。郁は自分の相変わらずの迂闊さに項垂れたが、それを横目で見ていた堂上に「髪の毛、丼に入るぞ」と言われて慌てて顔を起こした。 「お前が神龍に願い事するとしてもそれはないだろうと思ってたのに、と意外に思って見てたら、案の定だ。苦笑せずにいられるか」 再び苦笑まじりに言われて、郁は少々いたたまれない気持ちでスープをすくう。スープの表層にゆらゆら浮かぶ脂がまるでいつまでも覚束ない自分のようだった。そんな郁の頭の上に、ぽんといつものあたたかい手が乗った。 「でもまあ、やっぱりお前はどこまで行ってもお前らしいな、ってのがわかったから、いい」 しかし脊髄反射の迂闊はどうにかしろよ、と声に少しばかり厳しさが載せられて、郁は思わず「はいっ」と背筋を伸ばした。基地の外で敬礼しなくなったのはこの一年あまりの付き合いで成長した部分である。 「あたしも、教官がわかっててくれればいいです」 他の誰に誤解されたとしても、この人がわかっていてくれればそれでいい。そして、この人なら、郁がどれだけ言葉に詰まっても、言い方を間違えても、きっといつだってわかってくれるに違いない。 と、堂上がふいっと目をそらし、言った。 「俺はもうとっくに教官じゃない」 ……あ。 郁の背筋に一気に緊張が走った。この言葉に続く文句をあたしは知ってる。そしてその言葉に追いつめられることも。 「それに今は業後で、プライベートの時間だ」 「えーと、あの、その、すいません、その、」 「なので、職務上の呼び名で呼ばれても応えられない」 「あーもー、意地悪ですよ! 自分ばっかりさっさと人のこと呼んどいて、こっちはまだまだ全然慣れてないんですから!」 「いろいろ落ち着かなかった」一ヶ月間の締めくくり、師走の始めのデートのときに、いきなり突き付けられた「命令」……名前呼び、に、当然の事ながら郁はいまだ慣れていない。だってもう五年近く教官呼びだったんだよ!? そんなに急に切り替えられる訳ないでしょ!? 「繰り返しやってりゃ慣れる。訓練と同じだ」 そこで訓練と一緒にするかあんたはー! 口にしたら余計に叩き潰されそうなので文句も言えず、郁は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。しかし堂上は相変わらずあっち側を向いたままで、「命令」を守らない限り絶対にこっちを向いてはくれないのだろう。 「あー……あのー……えーと!」 まるで全世界に向けて世紀の重大発表を行う覚悟を決めたかのように大きく息を吸い込んで、止めて、そしてようやく郁が彼の「命令」を果たすと、満面に馬鹿笑いと苦笑いとそれから照れ笑いを足して混ぜて割り損ねたような複雑な笑顔を浮かべた堂上が振り返った。 「この先人生長いのに、人を呼ぶたびに命を縮められても困るんでな、早く慣れてくれ」 「簡単に言わないでください……」 まるで百メートルダッシュを何本も立て続けに走ったあとのように息があがって顔を赤くした郁の前に、何を見ていたのかいなかったのか、カウンターの中から郁の目の前に「はいよ、水」と水と氷のたっぷり入った水差しがドンと置かれて、堂上がまるで小牧のように笑いを弾けさせた。 それを見て、最初はあまりのことに唖然として、それからなんだか自分もおかしくなってしまって、結局一緒に笑い始めながら、郁はこっそりと思った。 「検閲がなくなりますように」なんて、あたしは神龍には願わない。 ……じゃあ、あたしは、何を願う? 昼間、小牧に問われても答えなかったけれど、本当は何を願ったか、ちゃんと覚えている。 この人と、本当に、ずっと一緒にいられますように。 一緒にいようと言ってくれたこの人の気持ちが、どうか変わらないでいてくれますように。 でも、その願いさえ、本当は間違っていると今の郁にはわかる。自分の弱気がそんな願いを口にさせたのだと。 一緒にいてくれますように、と、誰かに願うのではなく、あなたが一緒にいたいと思ってくれるあたしになれますようにと、自分自身へ願いたい。 夢を叶えるのは、自分自身なのだ。 自分の中の神龍に願おう。 どうか来年も、再来年も、ずっとずっと、あなたと一緒にいられるあたしでありますように。 そしてどうか、あなたが健やかでありますように。 そんなことを考えていたらうっかり涙腺が緩んできたが、今なら笑い過ぎのせいにしても全く問題ない。だって堂上ですらうっすら涙を浮かべている。こんなに笑い転げるこの人を見るのは久しぶりだ、と再びこみあげる笑いの中、郁は指先で目尻の涙をこっそりと拭った。 |
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fin. |