カウントダウン・・・・・from「Gift」 |
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おかしい、と、思う。 布団の中で郁はばたんと寝返りをうつ。 おかしい。どうしてこんなに落ち着かないんだろう。 いつもの、ただの、公休前日なのに。 どうして、こんなに、胸がドキドキするんだろう。 ああ、顔が熱くて、眠れない。 * まさかあたし、よりによってこんな日に風邪でもひいた!? と郁は跳ね起きそうになるが、今起き上がれば普段通り夜更かしを決め込んでいる柴崎のいい餌食になるのが容易に想像できたし、それにこの熱の原因が風邪ではないこともなんとなくわかっていたので、ただただ、「落ち着け、落ち着けあたし、早く寝ろー」と掛け布団を頭までかぶって念じるしかなかった。 遠足前の子供かあたしは! 実際は遠足前でもぐーすか寝ていた記憶しかない自分がこうツッコミ入れるのもおかしいなあ、とか、変なところで冷静に振り返りながら、郁はもう何度も頭の中で繰り返した明日の予定を、再び声に出さずに復唱する。 一一○○、武蔵境駅改札。 今、あと、十一時間を切ったとこ。 * 高校生の頃、ちょっと不思議だった。 同じクラスかつ同じ部活、の同級生と付き合っていた友達が、金曜の放課後近くなると決まって浮かれていた。明日は映画見に行くんだ、とか、明日はお買い物に行くんだ、とか。 確かに郁だって当時は(いや正しくは今も)現役乙女だったから、デートを楽しみにする気持ちはわかっていたつもりだったが、それでも、 あんたたち、毎日ほとんど朝から晩まで一緒じゃん? それでもなお、週末に会えるってそんなに浮かれるものなの? 週末しか会えない訳でもあるまいし? なんて素朴な疑問に首をひねっては「わかってないなあ笠原! だからこそいいんじゃない!」と笑われた。 だから、何が「だからこそ」で、何が「いい」のよ? やたら説明を省いたその返答にさらに首をひねったものだったが、 ああ、こういうことか。 今ならわかる。 出勤していれば文字通り朝から晩まで一緒。余程のことがなければ顔を見ない日なんかない。 それでも公休日になれば、同じ寮住まいということ以外にはなんの接点もない。ましてや日頃が日頃だから、お互い貴重な休日は各自の所用や休養のために使うべきで、だからたまたま寮のロビーや食堂で見かけることでもなければ、当然顔を見ることもない。 多分それは、あの頃の友達と同じ状況。いや、むしろそれよりずっと恵まれてる。 なのに、どうして、浮かれるの? その問いに、今は、自分で答える。 ──そりゃ、だからこそ、いいんじゃない。 本当なら会えないはずの日なのに、会える、ということ。 相手が、貴重な休日を、自分のために割いてくれる、ということ。 そのための約束をくれる、ということ。 浮かれない訳、ないよね? ましてや、その約束の言い出しっぺが相手の方だとしたら……期待しない方が嘘だ。 それでも郁は、今までの数少ない、しかも連戦連敗の恋愛経験から、期待しすぎるな、夢を見すぎるなと自分に言い聞かせるのを忘れない。 あの、夢が覚めるときの痛みを、ここで味わうのはつらすぎるから。 だから、夢なら夢のまま。瞳を閉じて一人で見ていればいいから。 目を開けたあたしは、現実をしっかり見つめなきゃ。 落ち着け、あたし。 明日は、上官のご用の案内役。 それ以上でも、それ以下でもない。 ……そう、何度も何度も言い聞かせるのに、どうしておさまらないんだ、このドキドキは! 郁はまた逆方向へ寝返りをうつ。 チクショウ、無駄に期待ばっかりさせやがって! 自分ばっかり余裕こきやがって、どういうつもりだ! 「そういえばそろそろお茶探しとけよ」なんて、「早く日報出せよ」なんて普段の当たり前の会話と同じ調子で言い出しやがって、まったく、言われたこっちの心臓がどれだけ跳ね上がったか全然わかってないだろうあんた! あたしがどれだけ「あれはその場の話の流れでぽろっと出ちゃっただけの話で、深い意味なんかないないない! あるわけない!」と言い聞かせてきたと思ってんのよ! しかも元はと言えばかれこれ一年近く前の話を! まさかまだ有効だなんて思わないじゃない! 思ってなかったから…… どれだけうれしくて舞い上がったかなんて、どうせ夢にも思わないでしょう? 真っ赤に熱い顔を半分枕にうずめて、郁はぎゅっと目を閉じる。 ああ、あたし、今からこんなことで、明日、大丈夫なんだろうか。 ちゃんと、挙動不審にならず、勤務日と同じ、いつも通りの部下の顔でいられますように。 今まで通り、その背中を追いかけられる場所にいられますように。 ふと枕元の目覚まし時計を見れば、間もなく一時をさそうとしていた。 ああ、もう! とにかく寝なきゃ! ぐるぐる回る思考回路を無理やり畳んで、郁はばさりと掛け布団を頭の上までかぶった。 革命が始まるまで、あと十時間。 物語が、加速し始める。 |
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fin. |