Gift 1-3

・・・・・from「Gift」

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 実際のところ、何がどうして、という程のことはないのだ。
 郁が図書館に行こうと玄関フロアに降りたところ、ちょうど玄関脇の共用ロビーで堂上が新聞を読んでいたのだった。
 ロビーに常設されている各社の新聞は寮の住人の貴重な情報源だから、それをロビーで誰が読んでいてもなんの不思議もない。それはそうなのだが、「会いたいな、会えたらいいな」と思っていた人が本当にそこにいたら、そりゃ恋する乙女としては驚きもするし挙動不審にもなろうというものだ。
「どっ、堂上教官!?」
 だから、郁がこうしてひっくり返った声をあげてしまったとしても、それは仕方のないことなのだ。そんな声でいきなり呼ばれた堂上がどう思ったかはわからないが、とりあえず平日の午後三時前なんて寮に人気の少ない時間だから見逃してほしいところだ……と思う余裕も郁にはなかったが。
「なんだ、笠原か。外出か?」
 しかし郁の素っ頓狂ぶりには既に耐性ができているのか、ほとんど動じた様子も見せずに堂上は郁に問いを返した。むしろ郁の方が動揺しっぱなしだ。
「あ、ああ、ええと、はい、図書館に本を返しに行こうと思って。……教官もお出かけですか?」
 新聞をばさりと閉じて振り返った堂上は、寮の中で会ったにしては珍しく室内着ではなくそのまま外出できそうな私服だった。
 あ、これって、もしかして。
 郁の胸がどくんと鳴った。
 クリスマスイブのこんな時間から外出なんて、それって、やっぱり、もしかして──デート?
 聞かなきゃよかった。そう思ったがもう遅い。堂上の口が答えを言うべく動き出す。やだ、どうしよう。本当にそう言われたら。
 ……とりあえず、走って逃げるか?
 惚れた弱みの臆病神が郁を逃げに走らせる。
 逃げるって、何から? ええと……気まずい空気から? いやそれはあくまでもあたしの都合で! でもきっとあたしは気まずくなって、いたたまれなくなって、そして──かなしくなって、きっと挙動不審になるに違いない。そんなところを教官に見せたら絶対に困らせるから。だから、そうなる前にここから逃げなきゃ。
 ほんのわずかな時間に郁にはありえない程の高速回転でそこまで考えて玄関までの距離をちらりと目測までしたところで、堂上の答えが耳に届いた。
「いや、ちょっと買い物に行って帰ってきたところだ。……お前、これから図書館に行くって?」
「はっはい!」
 思わず反射で答えてしまってから、郁は堂上の言葉が自分が予想して逃亡を謀っていたものとは真逆だということに後から気がついた。確かに新聞を閉じた堂上の傍らには駅前のスーパーの買い物袋が無造作に置いてある。
 どうやら、これからデートという訳ではない、らしい。
 郁は堂上に気付かれないように、小さく安堵の息をついた。いや、安堵って彼女でもないのに何様って感じだけど! だからあくまであたしの個人的な事情で!
 しかし、続いた堂上の言葉は郁の予想の斜め上から降って来た。
「じゃあちょっと待ってろ。俺も行く」
「は?」
 なんで? どうして教官が一緒に行くの? いやそれすっごいうれしいんだけど!
 動揺のあまり、郁はまたしても素っ頓狂な声をあげてしまった。
 だって、今日は会えないと思っていた人に会えただけでも十分ラッキーで浮かれてるのに、基地の敷地内の短距離とはいえ、その人と一緒に──仕事中ではなくプライベートの時間に、二人で歩けるなんて、どんだけラッキーなの? ていうか、あたし近々怪我でもすんじゃないのこれ?
 立て続けにいきなり降ってわいたラッキーに、郁はうれしいと言うよりむしろ困惑し、そしてそれが素直に顔に出た。
「なんだ、迷惑か」
 立ち上がって新聞バインダーを所定の位置に戻した堂上がそんな郁の顔を見て眉を寄せた。
「いえっそうじゃなくて! いや、あの、えーと……なんでかなーと」
 自分の動揺と困惑を正直に説明するわけにもいかず、しかし郁にうまい嘘が思い付く訳もなかったから、結局は端的な疑問だけしか残らなかった。
 わあ、あたしホントに頭回らない! 郁はますます困惑の度合いを上げたが、幸い堂上はそこは気にしていないようだった。
「俺も返却する本があるんでな。勤務日に図書館に寄って返すつもりだったが、何かとばたばたして行きそびれることもあるし、休日に返した方が確実だからな」
 そう言いながら買い物袋を持ち上げると、堂上は「すぐ戻る」と郁に言って男子寮へ向かう通路へ背を向けた。その背に郁は声をかけた。
「あ、だったらあたし、教官の分もまとめて返してきますよ?」
 落ち着けあたし、いつもの調子で! ……と思って、ちょっとした親切のつもりでそう言ってしまってから、郁は自分の失敗に気付いて声をあげそうになった。
 ここで教官の本を預かっちゃったら、教官、図書館に行く必要なくなっちゃうじゃん! バカあたしなにせっかくのチャンスを!
 バカバカバカ、と自分の迂闊さを呪って郁は思わず自分で自分の頬をぺちりと叩いた。その音に軽く振り返った堂上は「お前、何やってんだ?」と怪訝な顔をしてから、
「次に借りたい本があるんだよ。それまでお前にまかせられるか」
 と言って郁の頭を軽く握った拳の裏でこつんと叩いた。
「うっかり者の部下に全然違う本を借りて来られても困るしな」
 だから待ってろ。かすかに苦笑にも見える笑みを見せて再び背を向けた堂上に、顔を真っ赤にした郁は何も言い返せず、ただその背を見送るしかなかった。


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