Gift 3-2

・・・・・from「Gift」

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 とっさに振り向くと、おはなし室の入口で尻餅をついて泣き声をあげる子供と、それを困惑したように見下ろすサンタがいた。勤務中でもないのに思わず子供に駆け寄ったのは郁の本能みたいなものだ。
「どうしたの? 大丈夫? ……どうしたんですか?」
 問いの前半は子供に、後半はサンタに。それに合わせて視線を下から上に動かしたあと、郁はしゃがみこんであらためて子供の顔をのぞき込む。泣きじゃくる瞳の上、小さなおでこに何かがぶつかったような赤い痕があった。
「すいません、この子が袋にぶら下がっちゃったんで、つい強めに袋を振ったら当たっちやったみたいで」
 見上げたサンタが恐縮したようにぺこぺこと頭を下げる。真っ白な付け髭と付け眉毛の下にのぞく顔は確かに館員にしては若く見えて、なるほど学生さんか、と郁は思う。うわあ、大学生が若く見えるようになっちゃったよ、と内心で苦笑しながら、郁は子供の方に向き直った。泣きじゃくる子供はおはなし室の常連で、館員の間ではやんちゃ坊主としてちょっとした有名人だった。
「こら、ユータ。あんた、サンタさんの袋にぶら下がっていたずらしてたの? そんなことしてたらサンタさん困っちゃうでしょ?」
 鞄から出したハンカチでぐずぐずになった顔の涙を拭ってやりながら、郁はユータに言って聞かせる。この子はいたずら好きなくせに、なにかあるとすぐにぼろぼろ泣いてしまう。いつか堂上に「お前みたいな子供がいるな」と苦笑まじりに言われたのは記憶から抹消した、ことにしてある。
 こんなことは言いたくないけど、と思いながら郁は息を吸い込んだ。
「サンタさんは、いい子にしてないとプレゼントくれないぞ? ユータはプレゼントいらないの?」
 夢を取引条件にはしたくないんだけどなあ、と思いながらも別のうまい言い方が思い付かない自分に内心で苦りつつユータの目を見ながらゆっくり言うと、ユータの鳴咽がぴたりと止まった。涙で真っ赤になった目を真ん丸にして郁を見つめる。
「……やだぁ」
 それだけ言うと、一度は泣き止んだ顔が再びびくしゃりと歪む。その頭を郁はぽんぽん、と軽く叩いて、それからきゅっと抱きしめた。
「ん。それじゃ、サンタさんに謝ろう。いたずらしてごめんなさいって。ほら」
 郁が抱いた頭を離してやると、ユータはちらっと郁の方を見上げ、それからサンタにむかってぺこりと頭を下げた。
「サンタさん、ごめんなさいっ」
 それを見て「よし、よくできた!」ともう一度ユータの頭をぽんと叩いてやってから、郁はサンタを見上げた。
「サンタさんも謝ってあげてください。痛い思いさせてごめんねって」
 確かに彼はさっき「すいません」と言ったが、それは郁に対してであって、ユータにではない。彼が心ならずも傷つけてしまったのは郁ではなくてユータなのだから、謝罪は正しく受けるべき人に向けられねばならない。
 サンタはユータと同じように一度郁を見てから、しゃがみ込んでユータと目線を合わせると、「痛かったか? ごめんな」とサンタにしては少々若々しい調子で謝った。しかしユータの方はそんなことは気にならなかったらしく、「いたくない!」と大きな声で返事をすると、ニィッと笑っておはなし室へと走っていってしまった。その後ろ姿を郁とサンタはしゃがんだまま見送り、それから顔を合わせてぷっと噴き出した。
「泣いたカラスがもう笑った、って、ああいうのを言うんですかね」
「あの子はいつもあんな感じですよ」
 郁の言葉にまた笑ったサンタは、普段特殊部隊のいかつい男たちばかり見ている郁から見たらやっぱり学生らしいあどけなさがあって、郁はつい「かわいいなあ」なんて思ってしまった。入隊三年目とはいえ特殊部隊では相変わらず一番下だから、郁には後輩というものがいない。だから年下の男の子と接する機会がほとんどないので、こんな感情は学生時代に陸上部の新入部員を見て同じように「かわいい」と思ったの以来だった。そうか、あの頃は大人っぽいと思っていた年頃の男子でも、自分が年上になっちゃえばかわいく見えちゃうんだ。それはなかなか新鮮な発見で、郁も思わずくすりと笑ってしまった。
 と、背後から聞き慣れた声が郁を呼んだ。
「どうした、笠原」
 背後からかけられたその声はなぜかまるきり業務中と同じで、だからそれに弾かれたように立ち上がった郁は声の主を振り返って敬礼し……ようとしたその手を無理矢理下げさせられた。
「堂上教官?」
「いくら館内とはいえ非番で私服なんだから、敬礼なんかしなくていい」
 堂上はそう言って上げかけた郁の腕にかけた手をすっと引いた。
 って言われてもあんた、そんな上官モードの声で呼ばれたら自然にそういう反応しちゃいますって。
 そうは思うがそれをそのまま言い返す訳にもいかず、郁は「はあ、すみません」と言って中途半端に宙に浮いた腕を下げた。
「で? どうした」
 あらためて問われ、郁はいまだしゃがんだままのサンタを振り返った。
「ユータが、サンタさんにいたずらして痛い目にあってたんです」
「ユータが?」
 堂上がそう聞き返すのも無理はない。なぜなら今ここにその子供の姿はないのだから。郁は再び堂上に向き直ると「ええと、」と説明し始めた。
「ユータがサンタさんの袋にぶらさがって遊んでたらしいんです。それを引き離そうとしたときに袋がユータの頭にぶつかっちゃったらしくて」
「それであの泣き声か」
 ユータの派手な泣き声は離れていた場所にいたのだろう堂上にも聞こえていたらしい。その視線が郁の背後でしゃがんだままのサンタに向けられると、サンタも郁と同じように弾かれたように立ち上がった。
「すみません! つい力が入り過ぎちゃって」
 恐縮したようにぺこりと頭を下げたサンタに堂上は慌てた風もなく返した。
「あいつも悪さをしたなら仕方ないだろう。それに謝るなら俺じゃなくて子供の方だ」
 その言葉を聞いたサンタは一瞬目を丸くして、それから苦笑を浮かべた。
「あの子にも謝りました。……この人と同じこと言うんですね。ええと、お二人とも図書館の方ですか?」
 郁と堂上を交互に見ながら問うサンタに、思わず顔を見合わせた二人は「そんなこと言ったのか」「はあ」と視線だけで会話して、それから郁が返した。
「私たちは図書隊の者です。今日は非番ですけどね。こちらは私の上官です」
「図書隊……」
 郁の言葉にサンタがかすかに怯んだ気配を見せたのに、それも仕方ないよな、と郁は苦笑しながら思う。郁にとっては日常でも、図書隊以外の人間にとっては銃器を手にして戦闘に臨む人々は完全に日常生活の範囲外だ。実際には図書隊と言っても一般的な図書館業務を中心に戦闘以外の仕事だって山ほどあるのだが、そう説明したとしても「図書隊」という名前にはそんなイメージが先行しているのは事実だし、さらに言ってしまえば、自分たちが所属しているのはまさに戦闘職種の最前線である図書特殊部隊だ。だから彼の素直な反応を否定することは郁にはできるはずもなかった。
「そろそろ時間でしょ? サンタが遅刻なんてかっこつかないよ」
 サンタの中の人が自分より年下だと知った気安さで郁がタメ口で語りかけると、サンタも慌てたように袋を抱え直した。
「あ、はい、すみません」
 それだけ言ってあたふたとおはなし室へ向かうサンタの後ろ姿を「頑張ってねー」と見送ってから、郁はあらためて背後の堂上を振り返った。
「堂上教官、もうお目当ての本は借りられたんですか」
 クリスマス会と冬休みの始まりで混雑する返却カウンターに郁はそれなりの時間並んでいたし、その後サンタとユータのトラブルにも顔を突っ込んでいたから、 図書館の入口で別れた堂上が借りる本を決めていたのなら、既に貸し出し処理を終えていてもおかしくなかった。しかし郁の方はこれからやっと書架に向かい、しかも特に目当てがある訳ではなかったからあれこれと目移りしながら本を探すのは目に見えている。貸し出し処理を終えて館を出るのはきっと当分先だ。
 せっかくだから寮への帰りも一緒になれたらいいのに……なんて甘い考えが頭をよぎったが、それはタイミング的にどう考えても無理があるし、大体、入口で別れた時点で今日はおしまい、と思っていたのがまた会えたのだから、それだけでもよしとしなくちゃ、と郁は自分に言い聞かせた。
「あたし、これからやっと書架なんですよ。のんびり探してきますね」
 それじゃ、と堂上の返事も待たず、我ながら微妙な笑みを浮かべて頭を下げようとしたとき、「笠原」と声をかけられた。
「はい?」
 今にも会釈のために腰を折ろうとしていたところだったから、微妙な角度に傾いた頭はちょうど堂上の顔と同じ高さだ。その真正面で堂上が言う。
「お前、今日まだ時間あるか」


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