Gift 5-2

・・・・・from「Gift」

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「最近のクロークは荷物検査までするのか」
 倉庫のドアを開けて開口一番、堂上は腹の底から静かに低く声を発した。小さく開いたドアの隙間から堂上に続いて滑り込み、手早く閉めて室内を振り返った郁の目に、堂上の声に硬直した二人の学生が映った。
──さっき、郁の荷物を預かって行った二人が。
 そのうちの片方、眼鏡の学生の手には、郁の財布。折りたたみのスナップをはずされたその上には、小さな……名刺より少しばかり大きい程度の、小さなクリスマスカードが、軽やかにジングルベルのメロディを鳴り響かせていた。立ち上がったクリスマスツリーとスノーマンとサンタクロースが、倉庫の天井の少しばかり薄暗い照明に照らされている。
「あ、あの、これは、」
「これは、なんだ? 個人の荷物を勝手に検分するなんて仕事は、図書隊は君たちに依頼していないはずだが」
 学生の声がしどろもどろに震えるのと対照的に、堂上の声はどこまでも静かで、そして揺るぎない。
「図書隊?」
「関東図書隊、図書特殊部隊の堂上だ。人の鞄を開け財布を開け、何をしていたのか話してもらおうか」
 堂上が上着の内ポケットから図書隊の身分証を出してかざして見せると、ただでさえ固まっていた学生たちの顔がさらに固く強張った。「図書特殊部隊」──図書隊の中でも特に選ばれた隊員で構成されたそれを、図書館に多少なりとも縁のある者なら知らないものはない。そう、きっと彼らも。
 ああ、どうして。どうしてあなたたちが。
 ジングルベルのかわいらしいメロディが流れ続ける中、顔をひきつらせた学生たちを見つめながら、郁は腹の底に押し込めたはずの思いが暴れだすのを抑えるので必死だった。
 どうして、こんなことをするの。
 どうして、子供たちの夢のお手伝いをしに来たはずのあんたたちが。
 どうして──
 憤って、悔しくて……そして、悲しくて。鼻の奥がツンとしたのを、郁は奥歯を強く噛みしめてやり過ごすしかなかった。

     *

 郁が差し出した鞄から財布を取り出した堂上は、カードのセンサー面を照明に当てないように気をつけながら、包みに封をしていたセロファンテープをちぎってカードを財布に器用に貼り付けた。財布を開いたときに、うまくカードが開くように……メロディが鳴るように。
 その仕掛けが意味するところはたった一つだ。
 鳴るはずのないメロディが鳴れば、それは、彼らが故意に個人の荷物を開封し、財布を物色しようとしたということ。
 つまり、郁の荷物を囮にするのだ。
 堂上が手早くそれを仕込むのを、郁は息を呑んで見守っていた。だって……だって、それは。
 つまり、彼らが犯人だということ。それも置き引きではなく、財布から中身を抜き取る手口の。
 郁がすべきことはその現場をおさえ、確保すること。それが誰であっても、だ。そんなことはわかっている……わかっているけど、それでもやっぱり、やるせなかった。
 だって、だってあの子たちは、子供を楽しませるために、夢を見せるためにここに来たんじゃなかったの。そんな人間が、そんな罪を犯すなんて……信じたくなかった。
 だから、どうか、どうかメロディが鳴りませんように。何事もなく……彼らがそんな罪を犯すことなく、クリスマス会が無事に、楽しく終わりますように。
 そう──そう、願っていたのに。

     *

 手口は単純だった。
 クロークと称して預かった荷物から財布を物色し、同じ券種が多く入った財布からぱっと見には気付かない程度の枚数だけを抜き取る。郁たちにも言ったように、預かる際に置き引きに言及しておくことで、財布がなくなっていなければ持ち主は何も疑わない。そして図書館の中では財布を開くことなどまれだから、持ち主たちが次に財布を開くのは図書館を出て買い物をするときだ。そのときに札の枚数が減ったことに気づく人もあるだろうが、目立つ枚数が抜かれているわけではないから「あれ、もう少し入れてあると思ってたけど」とか「思ったより使ってたな」とか、意外にあまり疑問に持たない人が多いのかもしれない。
 いずれにしても、まさか図書館で財布から金が抜かれるはずがない、という意識が、彼らの犯行を何より助けていた。
 そう、図書館という場所への利用者の信頼を彼らは利用したのだ。

 堂上の静かな凄みの前に顔色をなくした学生たちの前には十枚ではきかない札が差し出されていた。中には一万円札もある。クリスマス会のあと家族で食事をしたりプレゼントを買いに行ったりするための資金として財布に普段より多めに現金を入れていた人も多かったのだろう。ある意味、今日は「稼ぎ時」だったのに違いない。
「で? 置き引きした財布はどこにやった」
 堂上が彼らに問うのに、郁は「え?」と、顔には出さないように努めつつ、しかし疑問に思った。この子たちがしでかしたのは、今目の前にあるとおり、財布からの紙幣の抜き取りだけではなかったのか。
 そんな郁の疑問を察したのかどうか、堂上が言葉を続ける。
「実際に置き引き被害がないとせっかくの誘導も説得力がないからな。クリスマス会の参加者とスタッフ以外は入場しないこの部屋でわざわざ置き引きに言及する不自然さに誰も気づかないとでも思ったのか?」
 そこで郁は、あっ、と思った。そうだ、自分だっておはなし室に入る前には「この状況で置き引きが起きるとは考えにくい」と確かに思ったではないか。
 そう、確かにクリスマス会では置き引きは発生しない。しかし、図書館のどこかで置き引きが実際に発生していれば、不自然なはずの誘導にも途端に説得力が増すのだ。そんなところまで周到に準備していたというのか、この子たちは。
「……それは、」
「なんだ? 言いたいことがあるならもっとはっきり言え」
 いい図体の男子にしては随分とか細い声で答える眼鏡の学生に、堂上があくまで静かに、しかし断固とした強さで問い返す。それに気圧されたように、もう一人の学生がやはり同じようなか細い声で再度答えた。
「こ、ここにはありません」
「つまり、置き引きしたことは認めるんだな」
 そう言った堂上に、眼鏡の方が顔をカッと赤くした。羞恥でか、怒りでか……前者であってほしいと郁は願ったが、残念ながらそれは後者のようだった。
「誘導尋問かよ! 大体、客に図書隊が混じってるってなんだよ! 囮捜査なんかありかよ!」
 さきほどのか細い声が嘘のように……実際あれは演技だったのかもしれない……激昂する彼など意にも介さず、堂上は「声がでかい。外に聞こえるぞ」と一蹴してから相変わらず落ち着き払って答える。
「図書隊では『あり』だ。お前たちには残念なことだろうがな」
 いつか柴崎が言ったのと似たような台詞を堂上が吐いたところで、扉の向こうから子供たちの「わあっ!」という歓声が聞こえてきた。絵本の読み聞かせが終わり、いよいよサンタが登場したのだろう。これから子供たちの間を縫って、その大きな白い袋からお菓子を配って歩くのだ。
 ……あ。
 郁の頭に何かがひっかかった。なんだろう、いったい何が──
 普段は大事なところでなかなか働かない頭を必死に回転させて、郁はひっかかった何かを掬いあげようとする。今、あたしは一体何にひっかかった? 今、たった今、いきなりひっかかったということは……
郁は今、目の前にある物を確認する。
 預かった鞄の山。罪を犯した学生たち。それを追い詰める堂上。
 そして、扉の外ではサンタクロースが登場したところ。これからお菓子を配るサンタクロース。そのお菓子は参加した子供の人数分、小さな袋に小分けされていて……
 小分けされた袋の中身は、クッキーやチョコレートに飴玉。去年のクリスマスには郁も袋詰めを手伝わされたから知っている。小さな子供向けのものだからたいした量ではないし、だからたとえサンタの袋に二十人分のお菓子が入っていたとしても、そんなに重くなるわけではない。それなのに、
 ──ああああん!
 その袋がぶつかったユータはそれはそれは派手な泣き声をあげた。
 そりゃ、大好きなサンタクロースに振りほどかれてショックだったのもあるのだろうけれど、直後に郁がしゃがみこんで見たユータのおでこには、なにか重みのあるものがぶつかったような赤い痕があった。
 いくら二十人分だと言ったって、たかがお菓子がぶつかった程度ではあんな痕にはならない。
なのに──きっと、本当に痛かったのだ。
「どうして!」
 言うなり、郁はくるりと踵を返して扉を開けた。


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