Gift 6-1・・・・・from「Gift」 |
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6 ドアを開けた郁の目に何より最初に飛び込んだのは、きらきらと目を輝かせる子供たちの笑顔だった。 サンタさんだ! サンタさん、プレゼントちょうだい! わあ、サンタさんだ、わあい! 口々に歓声をあげ、満面に笑みを浮かべるこの子たちの中に、本当にサンタクロースを信じている子がどれだけいるのだろう。そして、かつての郁や堂上のように、既に自分のサンタクロースが親や祖父母であることを知っている子がどれだけいるのだろう。 そんなことはわからない。だが、今ここにはサンタクロースがいて、子供たちはみなその姿を前に本当にうれしそうで、楽しそうだ。子供たちのぴかぴかの笑顔が何より確かにそれを物語る。 楽しいクリスマス。素敵なプレゼントをくれるサンタクロース。それは子供たちの夢──大人たちが与えた。 だから大人は、その夢を守らなくちゃいけない。 どの子だっていつか、それは夢だったのだと知る日が必ず来る。だけど確かに楽しい夢だったと、夢を見られてしあわせだったと……そう思わせてあげるのが、夢を与えた大人の責任だ。 だから、笑え、あたし。 郁は強張った頬を無理矢理動かし、口角をあげた。楽しいクリスマスにへこたれた顔なんか……泣きそうな顔なんか似合わない。 郁は一度俯いて、それからぐいっと顔をあげると、部屋の反対側に立ってこちらを見つめる……怯えたような瞳で凝視するサンタクロースを見つめ返し──そして、にっこりと笑った。 笑え、あたし。 そして。 笑え、サンタクロース。 あんたの仕事は、今このときの仕事は、子供たちにぴかぴかの楽しい夢を見せることだ。 お願いだから……せめてそれだけはやり遂げて。 会が始まる前に袋をぶつけてしまったユータに謝ったときの不器用だが、しかし真摯な瞳も、ユータが元気に走っていったのを見送った笑顔も、なにもかもが嘘じゃないって、せめて最後に信じさせて。 「さあみんな、サンタクロースにプレゼントはもらったかな?」 何の打ち合わせもなしに郁がおはなし室全体へ響き渡る声をあげた。数人の館員がぎょっとしたように郁に注目するが、郁はそれを無視して演台に向かうと進行役を務めていた先輩の女性館員に小さく「いきなりすみません。倉庫の中、確保お願いします」と耳打ちした。先輩館員はさすがに動じることもなく頷くと、同じように小さく「了解」と答えてさりげなく演台を降りていった。きっと室外に待機している男性館員を呼び出すのだろう。 それを見送って振り返ると、子供たちが郁に笑顔を向けていた。 「もらったー!」「ぼく、まだだよ!」「あたしもまだー!」 口々に答える子供たちに郁も笑顔を向けると、ぱんぱんと手をたたいた。 「よーし! じゃあ、まだもらってない子はサンタさんの前に並んで! もうもらったよーって子はおうちの人のところに戻ってね」 郁の言葉に、既にお菓子を手にした子は一目散に保護者の元へ走っていき、もらった袋を自慢げに見せ始めた。一方、まだこれからの子供たちは我先にとサンタに駆け寄り輪を作る。その小さな人波を郁はすいすいとかきわけた。 「こら! そんなにいっぺんに行ったらサンタさんも困っちゃうでしょ! ちゃんと並んで、一人ずつ順番ね。みんながいい子でおはなし聞いてたから、サンタさんはちゃあんとみんなの分を持ってきてくれてるからね」 言いながら子供たちをサンタに向かって一列に並べる。早くプレゼントが欲しくて仕方がない子供たちは横からのぞき込んだりぴょんぴょん跳びはねたりして前方のサンタに早く近づきたいと気もそぞろだ。だから、きっと気付かないだろう──その背後の倉庫に数人の大人たちが……館員が、学生たちを確保するために入っていったのを。 しかし保護者たちは当然それに気付いている。いや、それ以前に眼鏡の学生が大声をあげたのだってきっと筒抜けだったはずだ。だって、あんな小さなカードのメロディですら漏れ聞こえたのだから。それで既に不審げな顔をしていた人々が、倉庫に館員が入っていくのを目にしてにわかにざわつき始めた。 それを収めたのは館員と入れ違いに倉庫から出て来た堂上だ。 郁が子供たちを並べたのを確認すると、堂上は部屋の後方の保護者たちへ歩みよった。 「お騒がせして申し訳ありません。あちらの倉庫へお荷物を預けられた方はご連絡がありますので、恐れ入りますが会の終了後にこのままこちらでお待ち下さい。その際、お子さんはこちらで一時お預かりさせていただきます」 サンタの前に並んだ子供たちを誘導しつつ郁は堂上の言葉に耳を傾ける。どうやら大人への事情説明の間に子供たちを預かる部屋を確保したようだ。それに気付いて郁は鼻の奥がツンとした。 子供には、聞かせないようにしてくれたんだ。 サンタが、罪を犯したことを。 よかった。郁は気付かず詰めていた息をほうとついた。子供を不必要に傷つけることのないようにと、その堂上の気遣いがうれしかった。 この人は、いつだってそうだ。 いつも不機嫌そうな顔で、四角四面な物言いで、だのに周りの人々のことをどこまでも思いやっていて。 なんてわかりづらくて……でも、優しい。 だからきっと、郁に倉庫の中で起きるだろうことを事前に言わなかったのも、その気遣いのためなのだろう。クリスマスが大好きな……まるで子供のように夢を見ている自分を慮って。 ただ、その優しさは、残念ながら的をはずしているけれど。 あたしは、クリスマスが大好き。サンタクロースも大好き。 だけど、あたしは図書隊員だ。特殊部隊の一員だ。 あんたの部下だ。 だから、どんな傷も痛みも負う覚悟はできているのに。こんなことで、普通の女の子扱いしないで欲しかったのに。 ……悔しい。 さっきとは全く別の意味で鼻の奥が痛んだ。部下としての自分を信じてもらえなかったことが何より痛くて辛い。それはきっと、学生たちが、サンタクロースが罪を犯したことよりもずっと。 あたしは、堂上教官が好きだ。 一人の女の子として、一人の男性である堂上教官が好きだ。 だけどそれ以前に、ううん、たぶんそれだからこそ、尊敬する上官であるこの人に信頼されたかった……もう今なら、信頼してもらえてると思ってた。たった一人置いていかれたあの頃と違って。 だからこそ痛かった。 郁の財布に仕掛けをする堂上の手元をを見つめながら体の奥に渦巻いたいろいろな思いの一つは確かにその悔しさで……しかし信頼とは「信じて下さい」とねだって得られるものではないことはとうの昔に思い知っている。だから郁は何も言えない。ただ、この現実を受け止めるしかないのだ。 あたしは、堂上教官が好きだ。 でも、その前に、部下としてこの人に受け入れられたい。 まずはそれからだ。 やっぱり罰があたったのかな。郁は小さく苦笑した……だってもう笑うしかない。クリスマスイブだからって甘い夢を見過ぎたから、こうして現実を突き付けられたんだ。 あたし、まだまだだ。あなたが好きですなんて、やっぱりとてもとても言えない。 切り替えろ、あたし。 あたしはあの人の部下だ。それも、上官に余計な気遣いをさせてしまう、どうしようもなく半人前の。 だから、どうかこれからも、せめてその背中を追いかけられるこの場所にいられますように。 郁は願うように目を閉じて……まぶたの奥の熱をぎゅっと押し込めて、そして目を開いて顔をあげた。その視線がこちらを向いていた堂上とぶつかって、郁は慌てて顔を背けた。 やばい! よりによってこんな情けない顔見せられないから! そうして向けた視線の先では、サンタクロースが最後の子供にお菓子を手渡し終わったところだった。その手が少し震えているように見えたのは、残念だけど、きっと気のせいじゃない。 「ありがとう!」 満面の笑みでお礼を言った子供がまっすぐに保護者の元へ走っていく。その様子を見送って、郁はサンタクロースに近付き、その手をとった。すると、彼がびくりと体を硬直させた。郁を見るその目が怯えと緊張で強張っているのに、郁はあらためてにっこりと笑いかけ、そして小さく囁いた。 「お願い、笑って、サンタクロース」 あと少しだけ、子供たちに夢を見せて。 サンタの手をとったまま、郁は参加者たちに向き直った。 「サンタさんはこれから別の子たちにプレゼントを渡しに行かなきゃいけないから、これでお別れです。最後にもう一度、みんなでお礼を言いましょう。せーの!」 郁のかけ声に子供たちが元気に声を合わせた。 「サンタさん、ありがとう!」 その、明るい、まっすぐな声に、サンタは黙って深々と頭を下げた。 |
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