Gift 7-1

・・・・・from「Gift」

6-2 <<




「お休みのところを本当に申し訳ないんですが、報告書だけはお願いできますか」
 そう言う柴崎に郁と堂上が連れて来られたのは業務部のバックオフィスの一角だった。他の区画からパーティションで区切られたそこには表の貸し出しカウンターの補助業務を行うための端末がいくつか据えられているが、今は表も人波が途切れているのか他に館員の姿もない。郁は、ふう、とひとつため息をついて手近の端末の前に座り、ポンとキーをたたいた。省電力モードで沈黙していただけだからすぐに表示されたログイン画面で自分のIDとパスワードを入力すれば、ここ業務部のオフィスでも防衛部の報告書の記入は可能だ。
 犯人確保の後に報告書の提出が必要なのは郁だってわかっている、というか三年近くもこんな仕事をしていれば日常のルーティンワークの一つと言ってもいい。──だからと言って書くのが早くなったかと言えばそうではないのが困りものだが。それがため息の理由の一つ。
 しかし今回は調書の作成は不要だから、かかる手間も時間も半分以下のはずだ。いつもなら調書をとってそれから報告書、の順番にとりかかるのだが、さすがに本来なら公休日の郁たちにそこまで丸投げする訳にもいかないということだろう(そもそも、いくらタスクフォースが偶然そこにいたからって休みの人間を駆り出すって発想がおかしいのよ、堂上教官だって笠原並にお人好しですよ! ……と柴崎に呆れたように言われて堂上が苦い顔をしたのは別の話だ)、取り調べ以下はサンタを連れていった防衛部の方で行うことになっていた。
 とはいえ現行犯確保したのは郁たちだったから、その報告書はこちらであげない訳にはいかない。
 はあ、気が重いなあ……
 椅子に座って端末のディスプレイと向き合った郁は再び大きなため息をついた。
 報告書を書くのが苦手だから、それだけではなくて。
 彼らのことを──罪を犯したサンタクロースたちのことをなんと書けばいいのかわからなくて。
 いや、違う……書きたくなくて、だ。
 サンタクロースには、子供たちの楽しいしあわせな夢であってほしかったのに。
 そう、いつまでも引きずってしまうのは、やっぱり自分が子供だからなんだろうか。
 ……はあ。
 更にもう一つため息をついたところで、まるでそれに合わせたように「ポン」と頭に何かが載った。郁に容赦なくゲンコツを落とすのもこの人しかいなければ、こうしてあたたかい手のひらを載せる人もやっぱりこの人しかいない。
「……堂上教官」
 郁はその手の持ち主を見上げるが、堂上は郁の視線は無視してディスプレイを覗き込み、「ああ、もうログインしてんのか」と呟くと「ログアウトするぞ」と宣言して郁を椅子ごと脇に押し出した。キャスター付きの椅子だから押されるままに端末から離された郁がなに? と問う間もなく、堂上は手近の椅子を引っ張ってきて自分がディスプレイの前に陣取ると、さっさと郁のIDをログアウトして自分のIDでログインし直した。
「教官?」
 いきなり脇に押しやられた郁はぽかんとして、しかし堂上が報告書のフォームをディスプレイに呼び出したのを見て、慌てて椅子を転がしてディスプレイのそばに戻って来た。
「わあ、あたし書きますってば!」
 同じ現場にいたのに上官の堂上の方が報告書を書くなんてかつてない事態だ。あたし、どんだけ信頼されてないってことなの。思わず悔しさに目頭が熱くなる。しかし堂上はそんな郁に気付いているのかいないのか、ディスプレイに目を向けたまま声だけを返す。
「構わん。そもそも駆り出されたのは俺だしな。今さらだが、休みなのにいきなり巻き込んで悪かった」
 その声には嫌味もトゲもなく……むしろ優しくさえ聞こえて……そんな声でまったく予想外に謝罪を述べられて、目頭の熱も吹っ飛ぶ勢いで郁は目を丸くした。
「いえっ! それは全然構わないんですけどっ! ……でもいつもなら、手塚とバディのときで手塚に書かせたっていいときだって『お前は枚数書いて体で覚えないといつまでたっても進歩しない』とか言って、明らかに手塚よりたくさん書かせるじゃないですか」
 そこまでしてなお、いまだに書くのに四苦八苦している事実には目をつぶって反撃した言葉に、堂上がやっと振り返って眉を寄せた。あ、怒らせちゃったかな。ひるんだ郁にかけられた「お前なあ、」という声は、しかし怒っているというよりは呆れた、というか、情けない、というか。
「俺は公休日まで上官として部下の指導に当たらにゃならんのか。俺の引き受けた仕事だから俺が書く。なんか文句あるか」
「……ない、です……」
 公休日だろうがなんだろうが、どっちにしたって郁には逆らうことなんかできないのだ。仕方ないから黙り込んで俯いたその頭にもう一度ポンと手が載った。と、堂上はさっきよりはだいぶやわらかい口調で言った。
「とはいえ、お前も同じ現場を見てるし、書き終わったら一通り目を通して確認してくれ。悪いが、とっとと書いちまうから少し待ってろ」
「いっいえ、あの、はい!」
 あわあわと返した返事にあたたかな手のひらが頭の上でニ、三度ポンポンと跳ねて離れていく。その下で郁の熱もポンとあがって、郁は更に俯いた……だって顔が熱い。今はもう堂上は端末に向かってこちらは視界に入っていないとわかっていたが、それでもやっぱり恥ずかしい。いきなりあんな声で話しかけてくるなんて不意打ちだ。
 しかし、淡々と途切れることなく続くキータッチの音を聞いているうちにようやく落ち着いてきたら、報告書を記入する堂上とそれを待つ郁、という、普段とまるで正反対の図であることにあらためて気付いてしまい、おかげで郁は再び落ち着かなくなってきた。堂上の斜め後ろの椅子の上で、仕方ないから部屋の中をきょろきょろ見回してみたり、肩が凝った訳でもないのに首を回してみたりしていたら、不意に堂上がキーをたたく手を止めて振り返った。
「お前はどうしてそう落ち着きがないんだ。本当にガキ並だな」
「ガ、ガキってなんですかガキって! 年頃の女子つかまえて言うことですか!?」
 呆れたように言われて、郁は反射でいつものように噛み付き……そして、はたと我に帰った。
 ガキ並だって、そう言われても仕方ない。
 だからこそ、信頼してもらえなかったのに。
 せっかくあげた顔が再び俯いて、一度は引き始めたはずの熱がまた上がり始める。しかも今度は水分も連れて。熱く湿り始めた目頭を押さえる代わりに、郁は俯いたままぎゅっと目を閉じた。
 こんなとこで泣くな、あたし。
 悪いのはいつまでも子供で頼りにならない自分なのだから。
 泣いてる暇があったら、そうよ、こんなにスラスラ報告書を書いてる堂上教官の手元でも見て勉強しろってのよあたし! 教官が報告書を書いてるのなんてめったに見られるもんじゃないんだから!
 そう自分にハッパをかけて郁がぐいっと顔をあげると、そこには、さっきと同じくこちらを向いたままの堂上の顔があった。その瞳もまたまっすぐに郁を見つめていて……なぜだか、それはとても優しくて。
「もう泣いてもいいんだぞ」
 そっと言われたその言葉は、心底意外なものだったのに、なぜかとてもあたたかくて。
「な、泣いてなんか、」
 だのに言い返す自分の声はひどく頑なで。
 泣いてなんかいませんよ、だってあたし、ここで泣く資格なんかないじゃないですか。
 そう言いたいのに声にできないのがもどかしい。喉元までせりあがる水分をせき止めるので精一杯だ。泣くな、泣くなあたし。
 なのに、その脆いダムを崩したのは堂上だった。
「お前、おはなし室からサンタの拘束まで、ずっと泣くの我慢してただろ。なのに、子供の前ではずっと笑ってみせて。……よく頑張ったな」
 ──ああ……もう。
 決壊したダムはもう用を成さない。郁の瞳からは後から後から涙が溢れる。
 うれしい。ちゃんと見ていてくれたのが、わかっていてくれたのがうれしい。
 だけど、だからこそ尚更に悔しい。
 心配されていた「子供」な自分が。
 あたしは、堂上教官にとって信頼できる部下でありたかったのに。その背中を追って一緒に走りたいのに。
 うれしさと悔しさが郁の中でぐるぐるにマーブル模様を描く。止まらない鳴咽に息が苦しい。呼吸の合間になんとか「すいません」と一言だけ言うと、そっけなく「構わん」とだけ返って来て……それから、少しだけためらったような間を開けて、「こっちこそすまなかった」と続いた。
 その謝罪に思い当たることがない郁は思わず「え」と顔をあげたが、「いいから泣いてろ」と無理矢理頭を押さえ付けられた。その手はそのまま郁の頭の上に留まり、そしてまるで子供をあやすように優しく髪をなでた。何度も、何度も。
 ああ、やっぱり子供扱いか。
 郁は苦い思いで唇を噛むが、しかしその手のぬくもりと優しさが心地よくて──もういい、この贅沢者め、こんなに優しくしてもらって、これ以上何を望む? そんな、半ば投げやりな気持ちになって頭を撫でられるがままになっていた。涙も嗚咽も止められないまま。


>> 7-2


: love.love.library off→on stack room : TOP :


love.love.library/camoko 2008-2014