Gift 9-1

・・・・・from「Gift」

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「……なに、今の」
「……さあな」
 思わず誰に問うでもなく言ってしまった言葉に、堂上が律義に相槌を打つ。その声に郁は堂上を振り返ったが、堂上は再びディスプレイに向かってキーをたたき始めていた。
「あの、教官」
「ん」
「さっきの……食事のことですけど。せっかくお誘いいただいたのにすみません」
 あたしが謝るのも変……かな? そう思いながらも言った郁の声に、キーの音が一瞬止まる。しかしすぐに復活する。カタカタカタ。
「こっちは嫌でも毎日顔を合わせるんだ。めったに一緒に行けない同期を優先するとしたものだろう」
「はあ……そうですね」
 ──でも、クリスマスイブは年に一度しかないんです。
 とは言えず、郁は元の椅子に座ると、はあ、とため息を漏らした。嫌でも、とか言うなちくしょう。あたしは毎日……休みの日だって、会えたらうれしいのに。
 もう一度小さくため息をついて、郁は手元に戻ってきた鞄の中身を確認した。財布に携帯、ハンカチに身分証と寮の鍵。必要最低限の荷物は部屋を出た時のまま揃っていた。……いや、ひとつ、増えていた。
 郁は財布を取り出し、折りたたみのスナップをはずした。そして開けば、
 ──ジングルベル。
 静かなオフィスの中にメロディーカードから流れ出したそれはやけにやかましく聞こえて、郁はあわてて財布を閉じた。コンビニでは全然気にならなかったけど、これ、案外大きな音なんだ。どおりで倉庫のドアを通しても聞こえたはずだ、と、郁は今さら納得する。
 背後でいきなり鳴り響いたメロディに堂上が苦い顔で振り返った。
「わあ、すみません」
「……いや」
 あれ? てっきり怒られるかと思っていたら不発で、郁はきょとんとした。が、とりあえず、と閉じた財布に再び目を落とすと、光センサーが反応しないような角度を探しつつ、なんとか貼り付けられたカードを取り外した。
「あの、これ、お返しします。テープ、うまく剥がせなくて、台紙がちょっと傷んじゃいましたけど……」
 すみません、と言いながら、その手のひらサイズのカードを堂上に差し出した。開けば郁のお気に入りのサンタクロースたちが立ち上がるが、またメロディを鳴り響かせる訳にもいかないので閉じたままだ。堂上はそれに目を落とし、そして、ぷい、と端末に向きなおった。
「やる」
「は?」
 背中から帰ってきた答えは短くて、しかしその二文字はわかりやすくてわかりにくかった。
 やる、って。
「え、でも、これ教官のですよね?」
「俺がこんなの自分で持っててどうする」
 じゃあこれ、囮用に事前に準備してたの? でも被害の話を聞いたのは図書館に来てからって言ってたし、図書館の中でこんなの売ってないし。
 郁が首をひねっていたら、相変わらず端末に向かったままの背中から不機嫌そうな声が返ってきた。
「もともとお前にやるつもりだったもんだから、やると言ってる。開封しちまって悪かったが、持ってけ」
「……はあ?」
 なんで? どうして? どういうこと?
 あまりに意外な回答に郁の声がひっくり返った。だって堂上が郁にこのカードを贈る理由がまったく思いつかない。そんな、きっと鳩が豆鉄砲くらったような顔をしているに違いない郁を、堂上が──もう何度目かわからない──苦い顔で振り返った。
「だから! お前がコンビニに行くたびに毎度それ開いちゃピロピロ鳴らしてたら迷惑だろうが! あげく自分じゃ買わないとか言うし!」
 それやるから、自分の部屋で存分に眺めてろ。
 それだけ言ってまた端末に向きなおると、堂上はキーをたたき始めた。カタカタ、カタカタカタ。
「あ──ありがとう、ございます」
 なんというか、いっそ逆ギレとでも言えそうな堂上の言葉に、郁は圧倒されて、でも……驚いて、そして、うれしくて、礼を返した。
 ──わざわざ、買っておいてくれたんだ。あたしのために。
 そりゃ理由はたいそう情けないものだけれども、それでも……それは、堂上から初めてもらった「プレゼント」だった。
 う、わあ。うわあ。今年のクリスマスはなんだかすごいことになっている。
 おかしい。何かがおかしい。
 あたしは夢でも見てるんじゃなかろうか。
 いっそその方が納得がいく。そう思って郁は自分のほっぺをむにっとつねってみた……いて。
 ……夢じゃ、ないんだ、よね?
 ちょうどそのとき、堂上がキーをたたき終え、郁を振り向いて「待たせたな、ざっと見て確認──」と言いかけ、「何やってんだ、お前」と呆れた顔をした。
「いっいえなんでもっ! か、確認ですね! さすが堂上教官、もう書けたんですか! 早いですねっ!」
 頬をつねる指を慌てて離して郁はディスプレイをのぞきこんだ。郁だったらようやく半分余り埋められたか、というような時間で、既に完璧に仕上げられた報告書が表示されている。それを読みやすいようにと堂上が椅子を立ち、郁に席を譲った。そこに移動した郁はマウスでスクロールして上から確認していく。過不足なく簡潔にまとめられたその報告書は、書類仕事が壊滅的に苦手な郁でもすんなり頭に入ってきて、ああ、やっぱりこの人優秀なんだ、とあらためて思わされた。
 その背中に追いつくのは、きっと郁には無理だ。それはもうわかっている。
 だけど、自分のできる範囲で、せめて追いかけていきたい。追いかけられるこの場所にいてもいいと──信じてくれていると、教えてくれたから。
 郁にできるのは、全力でその信頼に応えることだけだ。
「問題ないと思います。……って、あたしが言うのもたいそうおこがましいですけど」
 一通り目を通して立っている堂上を振り返ると、郁の言葉に堂上も苦笑した。
「確かにな。まさかお前にそう言われる日が来るとは思わなかった」
 その顔がひどく優しく見えて、郁は慌てて顔を伏せた。ああもう、今日はいろいろ、不意打ちしすぎです教官!
 顔が熱くなるのは、これで今日何度目なのだろう。
 ──なんだか、今日はいろんなことがあった。今日、といっても、午後も遅い時間に寮の部屋を出てからの、たった三時間あまりのことなのに、郁の心は左右に振り回されたり上下に乱高下したり……こんなに気持ちが目まぐるしく動かされたことはこれまで一度もない。
 きっと、このクリスマスイブは、良くも悪くも一生忘れられないだろうな。
 そう思って小さく息をついたそのとき、頭の上にまた、ポン、とあたたかい手が載った。
「お前、待ち合わせがあるだろ。こっちはあと登録処理するだけだから、もう行っていいぞ」
 顔も洗わなきゃならんだろうしな?
 そう言う声は少し笑っていて、郁は結局顔を赤くしたまま堂上を見上げることになった。だから! もう! そんな声!
 しかし見上げた郁から堂上は視線をそらし、「ほら、席変われ」と郁を椅子から追い出してさっさと座ってしまった。今度は逆に自分が立っている郁は、堂上にそう言われてしまうともうここにいる理由もなくて、仕方ないから「ありがとうございます。それじゃ、お先に」とぺこりと頭をさげ、そして寮に帰るべく踵を返した。──そのとき。


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