サンタクロースの勇気 1・・・・・from「Gift」 |
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「あ、降ってきたなあ」 先に店を出ていた同期の声に、続いて外に出た郁も空を見上げる。その目に冷たいものがいきなり飛び込んで、郁は「わっ」と声をあげた。 「どうした、笠原?」 振り返って問いかける同期に「あ、いや、目に入った」と返しながらこする、その目をつぶる寸前に視界に入り、そして目の中に飛び込んできたのは、真っ黒な空から舞い降りる真っ白な雪だった。 ──そういえば、夜には雪になるって堂上教官も言ってたっけ。 そんなことを思い出す自分の顔が熱いのは、きっと、お酒のせいだけじゃない。 * クリスマスイブをさみしく楽しく過ごそう、という独り者同期の集いは、なんだかんだで十数人参加の大所帯だった。お手ごろ価格が売りのにぎやかなチェーン系の居酒屋で、本当に楽しいのかあるいはヤケなのか、やたらテンション高く盛り上がる防衛部の男子一同を向こうのテーブルに眺めつつ、その宴の席のはじっこに陣取った郁は、「お酒を飲むのは最初の一杯だけ、あとはずっとウーロン茶飲んでひたすら食べる!」と念仏のように唱えていた。その最初の一杯も、ビールではなくいかにも女子向けの生搾りグレープフルーツサワーだ。これならビールと違ってちびちび飲んでいられるし、そうこうするうちに氷が溶けて酒も薄まるから、郁にはうってつけなのだ。それでも、とことん弱い郁にとっては限界なのだが。 クリスマスだしね! と誰かが頼んだ鶏の唐揚げとポテトの盛り合わせをあくまでさりげなく自分の席のそばにキープして、空きっ腹で飲むことがないよう準備は万端。……とはいえ、もともと郁の大食いも酒の弱さも当然のことながら同期の間でも有名だから、実は別にさりげなさを取り繕う必要などないし、だから今さら誰もそれを見とがめることもない。そのことに幸か不幸か気付かない郁は、すっかり安心して久しぶりにゆっくりと飲みつつ食べつつ、同期の友人たちとのおしゃべりに興じていた。 ……確かに、同期と飲みに行くとか、あんまりないんだよね、あたし。 図書館を出る前に堂上に指摘されたことは、残念ながら正しい。 ──あたし、堂上教官と行きたいです──あのとき、そう本心を言い出せなかった最大の理由はもっと別にあったけれども、それでもこの事実もまた、理由の一つであることは否めない。 別に、郁が他の同期と仲が悪いとか気が合わないとか、そういう訳ではないのだ。そうでなければ今日のようにわざわざ声をかけてくれるようなことがあるはずもないし。 ただ、普通だったら職場の身近に同期が何人もいるから、仕事の合間にすれ違ったときやランチのときなどに、ふと「今日飲もうか」とか「今度あそこに新しいお店ができたの、行こうよ」とか、ひょんなことから飲み会企画が発生するし、近くにいる仲間にもその話はぱっと伝わる。 しかし、郁と手塚は大勢の同期の中から二人きり特殊部隊に配属になった。特殊部隊はその性質上ほかの部署とは業務形態が大きく異なるために、勤務中に他の同期と雑談に興じる機会もあまりなく(たまたまランチの時間が重なったり、館内業務につくときに業務部員と一緒になるのがせいぜいだが、それだって月に何度もあるものではない)、ゆえにそういった同期のイベントの輪からぽっかりとはずれてしまうのだ。むしろ友人たちのが気にして「笠原、今度こそ行こうね!」と声をかけてくれるくらいだ。 それでも、全員がシフト勤務の図書隊だからなかなかこれというときにタイミングが合うことはめったになく、だから郁が参加できるのは、それこそ一か月も前から事前に決めて行うような歓送迎会とか、忘年会とか、その類の会だけになってしまう。……まあ、名目が何であれ、ただの飲み会であることには変わりはないのだけれども。 そんな訳で同期飲みの出席率が低い郁ではあるが、それでもやっぱり参加するのが楽しみなのだ。 なぜならここが、郁が一番気安く参加できる飲み会だから。 普段の仕事ではなかなか接点はないとはいえ、やはり入隊当時のきつい教育期間を共に過ごした同期は大事な仲間だ。文字通り忌憚なくものを言い合える彼らと過ごす時間はとても気安くて、手放しで楽しい。 そりゃあ、特殊部隊の飲み会だってもちろん楽しいのだけれども、三年目になってもいまだ後輩が配属されない以上、手塚以外は全員上官で、そして手塚も含め全員男性だ。 郁は兄三人に揉まれて育っている上に我ながら鷹揚な性格だと思っているし、そうでなくとも先輩たちが郁のことをかわいがってくれているのはわかっているけれども。 それでもやはり、気を遣わないかと言われれば嘘になる。 その上、郁が寝オチすることもわかっていて──というか、最近はむしろそれを面白がるために、入隊当時はともかく今は自粛を心がけているお酒をなし崩しに飲まされる羽目になってしまい、そして堂上に搬送されて帰寮するのが既に毎回お決まりのコースだ。それを思うと、特殊部隊の飲み会に参加するのがいっそ憂鬱にさえ思えてくる今日この頃なのである。 いや、行きたくない訳では決してないんだけど! だって……だって、さ? 仕事以外の場所で、堂上教官と一緒にいられるって、やっぱり貴重だし? でも! その教官にこれ以上迷惑かけたくないんだってば! ……とかなんとか、郁があれこれ考えたところで、どうせ特殊部隊の飲み会を欠席するという選択肢は端から用意されていないし、ゆえに同じ光景がまた繰り広げられることになる。 半分酔いのまわった頭でぼんやりと思って、はあ、とため息をついたところで、「笠原!」といきなり大声で名前を呼ばれた。 「はいっ!?」 完全に油断していたところにいきなり呼ばれたので返す声がひっくりかえった。それを「何ヘンな声出してんだよ」と笑うのは、夕方に郁の荷物を業務部まで届けてくれた防衛部の男子だ。相変わらず人懐っこい顔で笑うと、「全員、ちゅうもーく!」とテーブル全体に向かって声を上げ、それから郁を振り返って「ほら、立てよ」と声をかけてくる。 はぁ? なんであたしが立たなきゃいけないのよ。そう思ってぽかんとしていた郁の手首を不意に彼に掴まれ無理やり引っ張り上げられた。掴む力が無駄に強いのは酔っ払って力の加減ができていないからか。「いてっ」とつい声を上げれば、素直に「お、悪い」と謝罪が返ってきた。 ──と思ったら、その手首ごと腕を上に高々と持ち上げられた。それはきっと傍から見たら格闘技の試合終了時のレフェリーと勝者のように。 「今日の捕り物の立役者、笠原ー!」 「え、ええ!?」 いきなり話を振られた郁が呆然とするが、周りの同期たちは「よっ! さすが特殊部隊!」「お疲れー! クリスマスなのに災難だったわねえ」「同期の期待の星!」「今日休みだったんだって? 大変だったなあ」などと口々に好き勝手なことを言って、あまつさえパチパチと拍手までしているのもいる。 お疲れ、とか、そういう類の言葉には、ありがとうおかげさまで、くらいの反応を返すことはできた郁だったが、しかし「さすが」とか「よくやった」とか褒めそやされると、それに対してどういう顔を返せばいいのかわからなくて、仕方がないから曖昧な笑みだけ浮かべてごまかした。 だって、褒められても、うれしくない。 今日の捕り物──置き引き・窃盗を犯した学生たちの現行犯確保。 確かに郁は今日、休日返上で命じられた任務に臨み、その結果、犯人確保に至ることができたのだから、そりゃあ、仕事をきちんと果たした、そのことは褒めてもらえたらうれしいけれども……しかし、その成果を手にしても、郁はちっともうれしくなんかなかったのだ。 よりによってクリスマスイブに、サンタクロースを犯人として確保するなんて。 罪を犯したのだから、サンタだろうがなんだろうが確保しなくてはいけないのは当然だし、そもそもサンタと言ったってただの学生の仮装でしかない。 それでも、郁の心は土足で踏みにじられたように痛かった。 子供たちに夢を配りにきたはずのサンタクロースが、子供たちのいる場所で犯罪を犯した、なんて。 しかし、その痛みに気付く人はここにはいなかった。郁に向けられるのはただ、称賛と労いばかり。……でも、 ──堂上教官は、わかってくれた。 そう思ったら、郁は無性に堂上に会いたくなった。 会ってどうするというわけではないのだけれど、それでも。 わかってくれる人がいると思うだけで、心が救われるような気がするのはなぜなのだろう。そして、その人に会いたいと思うのは、やっぱり甘えなのだろうか。お前は間違っていないと、心が痛むのは悪いことじゃないと言ってほしい。そう思うのは…… 単に甘やかしてほしいだけ、なんだろうな、きっと。 さっきあれだけいくつものクリスマスプレゼントをもらったばかりなのに、どこまで強欲なんだ、あたし。 さんざん不本意な称賛を贈られてからようやく手首を解放されてほっとしたようにぺたりと座りこんでも、郁のふわふわした頭の中からは、郁の思いを認めて、そしてそれを労ってくれた堂上の姿が消えなかった。 |
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