サンタクロースの勇気 2・・・・・from「Gift」 |
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当初の誓いどおり、薄まったサワーのあとはウーロン茶しか飲まなかったから──これが許されるのも同期飲みのいいところだ、本当に──郁の酔いもほどほどのところで踏みとどまっている。おかげで宴が終わって店を出る段になっても、やや足もとが覚束ないものの、基本的には一人で自律歩行できた。 その足取りで居酒屋のビルを出れば、いつの間にか街には白い雪が降り始めていた。東京の雪は水っぽくて、「はらはら」とか「ふわふわ」というよりは、かき氷のような「しゃくしゃく」という表現のが似合っていると郁は思う。そんなシャーベット状の雪で濡れた歩道を同期と連れだって寮に帰る道すがらに、図書隊員御用達のコンビニが見えてきた。飲み会の帰りにここに立ち寄って買い物をするのはいつものお約束だ。うっすらと雪の積もった折りたたみ傘を閉じてばさばさと払い、傘立てに強引に挿して店に入れば、雪の中でどれだけ自分の体が冷えていたのかを思い知らされる。冷たい空気にさらされていた頬だけでなく、手袋をしていたはずの指先さえじんじんした。 そうして入った店の中で、一緒にいた同期たちは思い思いの棚に散っていく。雑誌の立ち読みを始める者、部屋で自主的二次会をするためのビールを買い込む者、お茶請けのお菓子を見繕う者。そんな中、郁の目は入口を入ってすぐの棚に引き寄せられていた。 ──クリスマスカードの陳列棚。 クリスマスイブ当日の今日も、数日前に見たばかりの小さなクリスマスカードは相変わらず各種並んでいる。ただ、郁のお気に入りのあのカードは、きっとあの日より一枚減っているはずだ。なぜなら、それは今、郁の部屋にあるから。それを思い出して、ただでさえ屋外との温度差のせいでじわりと熱く感じる頬がなおさら熱くなった。 いや、あれはね! あたしが子供みたいに騒ぐから仕方なく! それでも、堂上が郁のために買って用意してくれていたものであるということは紛れもない事実で。だからこそ、頬はこんなに熱くなる。 その熱をごまかすように頭をぶんぶんと振って、でもやっぱりその棚から目が離せない郁の手が、結局はそのカードたちを順に開き始める。ただ、数日前と違って、メロディを鳴らすためのセンサー部分を軽く指で押さえながらだから、あの夜のようにあれこれクリスマスソングが鳴り響くことはない。 サンタクロースやクリスマスツリー、小さな天使など、開くたびに飛び出してくるクリスマスモチーフをあれこれ見比べているうちに、郁はあることに気がついた。 そういえば、せっかくクリスマスイブに教官と一緒にいたのに、あたし、教官に「メリークリスマス」って言ってないや。 昼間に話していた感じだと、どうやら堂上はクリスマスには何の思い入れもないようだったが、とはいえ、せっかくまさにその当日だったのだから、たった一言のそれくらいの挨拶はしてもよかったような気がする。 あーあ、失敗したなあ。そう思いながら次のカードを開いたところ、指の位置が悪かったようでセンサー部分を隠しきれなかったらしい。陽気なクリスマスソングが思いがけず手元から流れ出して、郁はぎょっとして慌ててカードを閉じた。 ──うわあ、やっぱりこれ、結構大きい音じゃない。あたし、こないだはよくもまあ気にせず全部鳴らしてたな。そりゃ堂上教官だって怒るはずだわ。 そんなことを思う一方で、わずかの間だけ鳴り響いたそのメロディが頭の中で繰り返される。もちろん機械的な音だけだったそれに、記憶にある歌詞も無意識にのせて。 あなたからメリークリスマス! わたしからメリークリスマス! Santa Claus is coming to town ── ええと、これ、「サンタが街にやってくる」だっけ。あれ、「やってきた」だったかな? まあ、どっちでもいいけど…… 元の英語の歌詞など郁が知っているはずもない上に、日本語版の歌詞だってほとんど覚えていないのに、そこだけはやけに鮮明に記憶に残っていた歌詞が、メロディとともに郁の頭の中でぐるぐると回り始めた。 あなたから──わたしから、メリークリスマス。 ……言えなかったなあ。郁は、ふう、と小さくため息をついた。 あたしばっかり、プレゼント山ほどもらっちゃったのに。せめてそれくらい、言えばよかったのに。 そう思いながらふと顔を上げると、店の奥のドリンク売り場の上に架けられた時計が門限まであと二十分をの時刻をさしていた。ここは基地に一番近いコンビニだから、これから店を出ても余裕で間に合う。 門限はすなわち、寮の消灯時刻でもある。と言っても学生の修学旅行じゃあるまいし、消灯後に部屋を出てはいけない、とまで厳しいものではない。実際、深夜にロビーへ飲み物を買いに行くとか、風呂の湯は抜かれてしまうがせめてシャワーだけでもと浴びに行くとか、あるいは外泊届けを出して門限以降に帰寮した者とか、消灯後に寮内を歩き回る者は珍しくない。 とはいえやはり、みな部屋に戻って静かに過ごすのが原則である。そうでなければ消灯時刻を定める意味がない。 それは逆にいえば、消灯時刻前なら部屋にいる人間を呼び出すことも可能、ということで── え? あたし、何考えてる? ちらりと頭をかすめたその考えに、郁自身が驚いて息を呑んだ。 まさかあたし、「メリークリスマス」って言いたいってだけのために、堂上教官を呼び出そうとか考えてた? いやそれありえないでしょ! さっきあれだけ困らせておいて──いきなり部下に目の前で大泣きされたら、そりゃ普通は困るだろ!──大した用でもないのに呼び出すとか! ありえない! 無理無理! そう思う一方で、でもあたし、今日は本当にあれこれもらうばっかりで、結局何のお礼もしてないしね? ……などと、その思い付きを正当化するための言い訳がむくむく首をもたげ始める。そうだよ、結局最後だって、飲み会があるからってささっと走って出てきちゃったし。ありがとう、ですらちゃんと言ったかどうか定かでない。だからやっぱり、今日のお礼は今日のうちにきちんと済ませた方がいいよね? そうやって、あとからあとから湧いて出てくるのは、どうしたって言い訳だとしか言いようがない。 なんの? 堂上に会うための。 さっき、堂上に会いたいと思ってしまった。会いたいと……声を聞きたいと。その望みを実現させるために、一生懸命に言い訳を積み重ねているのだ。 だって、何の理由もないのに、いきなり会いたいとか言えるわけないじゃない! あたし一体何様!? いや、理由なら山ほど──突き詰めればただひとつだけれど──ある。だけどそれはあくまで郁の側の都合で、堂上には迷惑でしかないはずだ。だから、堂上も納得するような理由を、言い訳を何か── 普段だったら、「だから無理だってば!」と自分で自分にダメ出しして終わるはずだった。しかし、やはり飲み会帰りのほろ酔い加減が、少しばかり郁の理性の箍を外していたのかもしれない。そうでなければ、きっと無理だった。 郁はきゅっと唇を締め、誰にともなく小さく頷くと、さっき閉じたカードを手にしたままレジへ向かった。 |
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