サンタクロースの勇気 4

・・・・・from「Gift」

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 階段を降りて共用ロビーに入ると、蛍光灯の冷たい明かりの下で郁がひとりぽつんと椅子に座っていた。どうやら飲み会から帰ってきたそのままなのだろう、昼にも見たのと同じコートを着込んだまま、少し俯き加減で座るその背中を目にした瞬間、堂上の胸がどくんと弾んだが──俯いているせいでわずかにのぞいているうなじが蛍光灯の灯りを映してやけに白く見えたのだ──、それでもいつもの通り上官の顔のまま、あえてパタパタとサンダルの音を立てて近付けば、郁がくるりと振り向いた。その顔が赤いのはほろ酔い加減のせいか。
「待たせたな。こんなところにいたら風邪引くぞ、お前」
 言いながら、立ちあがろうとした郁を手でとどめつつ自分はその向かいの椅子に腰かけた。あらためて堂上に向きなおった郁の顔は相変わらず赤くて、よくもこの顔色になるまで飲んで無事に帰ってこられたものだと堂上は呆れつつ、しかし同時に安堵した。
 こいつが他の男に背負われて帰ってくるなど、考えたくもない。
 そんな考えがどこまでも独りよがりなことはわかっているが、それでもそう思ってしまう自分は、もう相当やられているな、と堂上は郁にはわからないように苦笑した。
「で、どうした、こんな時間に」
 メールでの連絡で済まず、こんな時間にわざわざ呼び出してくるくらいだ、何か相談でもあるのだろうか。しかし問われた郁はいつものように真っ直ぐ堂上を見ることはせず、微妙に顔を俯かせた。その唇が軽く噛みしめられているのに気付いて、堂上ははっとした。
「どうした、何かあったのか?」
 つい勢い込んでやや前のめりになった堂上の鼻先に、突然郁の手が突き出された。「わっ」と慌てて身を起こせば、その指先には、何やら物が載っている。それは堂上にも見覚えのあるもので──
「あっあのっ! これ!」
 堂上へ向かって腕を伸ばし、俯いたままの郁が差し出すそれは、堂上の見覚えのある……あのコンビニで売っていたクリスマスカード。今日、図書館で堂上が郁に渡したそれだった。
 ──いらないってことか。
 瞬間、心臓がぎゅっと絞られた気がした。一度は受け取ったそれをこうして突き返すということは、余程それが迷惑だったということか。思いがけない拒絶に堂上の心がひるむ。そうして初めて、そうか、俺はこいつに多少は受け入れられていると思い上がっていたんだな、と気付いた。そうでなければ拒絶されたことに動揺する訳もないし、いやそれ以前に、付き合っているわけでもない女に、どんな言い訳を付けたとしたってこんなものを贈ろうなどと自分が思う訳はないのだ。
 勘違いも甚だしい。
 自分の思い上がりが恥ずかしくて、不意に顔が熱くなるのがわかる。郁が顔を伏せているから気付かれはしないが、むしろ顔を上げる前にそのカードを引き取ってこの場を去らなくては。
 これ以上、郁を困らせるのは本意ではない。
「悪かったな」と一言だけ言って郁の手のカードを引き取ろうとそれに指先が触れたそのとき、いきなり郁ががばりと顔をあげた。
「あの! メリークリスマス、です……」
 言い出しこそ威勢が良かったが、見る間にしぼんで最後には蚊の鳴くような声になったそれは、今日のこの日を祝う言葉だった。
 拒絶、ではなく。
 思わず反応することを忘れてぽかんとしてしまった堂上の前で、真っ赤な郁の顔が、声と同じようにくしゃりと音を立てそうな勢いでしぼみはじめた。まるで、郁の方こそ拒絶されたかのように。再び俯きかけたその顔に、堂上は慌てて郁の手からカードをかっさらう。裏返してよく見れば、セロファン紙に包まれた台紙の色がどうも堂上が郁に渡したものとは微妙に違う色合いのようだった。それで、おや? と思い袋から出して、そして何も考えずにカードを開くと、郁と堂上以外には誰もいないがらんとしたロビーにけたたましい程の勢いで電子音のメロディが鳴り響いた。
「うおっ!」
 思わず間抜けな声をあげて、堂上は慌ててカードを閉じた。閉じる寸前に目に入ったのは、郁に渡したものとは違い、カードの真ん中でサンタが白い袋を抱えて次にプレゼントを渡す子供を探している姿。
 それは明らかに、郁が新たに用意したカードだった。
 思わずカードから顔をあげれば、いきなり鳴り響いたメロディにびっくりしたのか、郁が相変わらずの真っ赤な顔をあげていた。その頬の赤さもわずかにうるんだ瞳も……本当に酒のせい、か?
 ここに至って初めて、堂上はそれ以外の可能性を考えることを自分に許した。
 もしかしたら──
 堂上の胸が再びどくんと鳴った。まさか。いや、しかし。
「……やっぱり、これ、音大きいですよね」
 少し湿った瞳をごまかすように、郁が幾度か瞬きして言った。こないだはコンビニで何も考えずに鳴らしまくっちゃって、すみませんでした。そう言ってぺこりと下げた頭は、そのまま戻ってこない。
「別に、俺に謝ってもしょうがないだろう」
 だのに、自分の口から出るのはぶっきらぼうな言葉ばかりだ。くそっ、そうじゃなくて。
「これ、俺にか?」
 こうして差し出されてそうでなかったらその方が余程か驚きだが、しかしあらためてそう問えば、俯いたままの郁の頭がこくりと頷いた。「あの、今日はお世話になっちゃったし、あたしだけカードもらっちゃったし、それに……」
 それに? 続く言葉を堂上は無意識のうちに息を詰めて待った。
「せっかくクリスマスイブなのに、ちゃんとメリークリスマスって言えなかったからと思って」
 相変わらず俯いたままの郁の頭からもごもごと聞こえるその言葉が、どれも──言い訳のように聞こえるのは、堂上の気のせいなのだろうか。
 それが、本当なのだとしたら。
 あれもこれもと必死に理由を考えて、積み上げて、そうして望むものは。
「……こっちこそ、メリークリスマス、だな」
 さっきほんのわずかだけ聞こえたそのカードのメロディを思い出しながら、堂上は自分の目線のわずか下にある郁のやわらかな髪にそっと触れた。その上でぽん、ぽん、と手を弾ませる。いつものように。しかし、いつもよりも、優しく。
「俺もサンタクロースは信じてないが、それでも笠原サンタは来てくれるらしい」
 プレゼントありがとうな。
 そう言った感謝の言葉はこの手の中のカードのことだけでなく。そんな思いも込めたその言葉の本当の意味に郁が気付くはずもないのだが、堂上の言葉にゆらりと上げた郁の顔は、さっきまでとは比べ物にならない程に赤かった。
 そして、一度大きくその目を見開いたかと思うと、ふわりと笑った。まるで花が開くように。


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