彼と彼女と酒と微笑 1

・・・・・from「ギモンケイの二人」

「……っとに、なんの悩みもなさそーな……」
「や、ホントにないかもしれませんよ、この子は」
「まるで子供みたいな寝顔だよね。かわいいなあー」
「あ、よだれ……」
 言いたい放題言われながら、しかしそんなこととは露知らず、毎度のように乾杯のビール一杯とサワー二杯目の途中で撃沈した郁である。ちょっと小洒落た系の居酒屋の半個室、テーブルに右の頬をぺったりつけて夢の中を漂っていた。
「こうなるのわかってるんだから、最初からおとなしくウーロン茶でも飲んでりゃいいのに」
 呆れたように手塚がそう言うのも毎度のことなら、
「みんながガンガン飲んでるのに一人でウーロン茶ってのも、置いていかれてるみたいでいやなんじゃないかな? 笠原さん、負けず嫌いな上に結構甘えん坊さんだしね?」
 なんて口を小牧がはさむのもいつものこと。そして、
「ったく、いつまで沈没してんだお前は。おい、起きろ。そろそろ出るぞ」
 郁の頬をぺちぺちと叩きながら、まるで子供を起こすお母ちゃんのように堂上が郁に声をかけるのもやはり毎度おなじみの光景だし、
「堂上教官ー、この子、ちょっと外で酔い醒ましさせてやって下さいよー。このまま連れて帰っても、あ・た・し・が! 大変なんでー」
 柴崎が郁の面倒を堂上に押し付けるのも、毎度のことだった。
 そして今日もお守り役を振られた堂上は、
「業後とはいえ、部下の面倒見るのも班長の役目としたものだろうからな」
 とかなんとか呟いて、完全に力の入っていない郁を引きずって席を立っていった。(もちろん背後に小牧の上戸攻撃を浴びながら)
 それを見送りながら、手塚がやや責めるような口調で柴崎に言った。
「お前、どこまで俺様なんだ。いくら業後ったって上官に指示とか有り得ないだろ」
 しかし、その程度のことで柴崎が動じる訳がない。それどころか、にんまり笑って倍返し(いや三倍、四倍かも)だ。
「あら、だって、あたしがあんな大女かかえて歩ける訳ないし? 小牧教官に頼んで出てもらって万が一毬江ちゃんの知るところになったら、例え相手があの山猿娘でも毬江ちゃんに申し訳ないし? そしてあんたには別の仕事があるし?」
 天下の柴崎麻子様に畳み掛けるように言われて手塚に反撃できるはずもない。仕方ないから自分に関係があるところだけ何とか拾いあげた。
「なんだよ、俺の仕事って」
 眉を寄せながら聞いた手塚に、柴崎はレシートをはさんだクリップボードを差し出した。
「お会計してきて。あたしの分はあんた持ちだからね」
 はいいってらっしゃい〜、とさらりと言われ、寄せた眉をさらに寄せて、それでも何も言わず、手塚はクリップボードを受け取るとレジへ向かっていった。
 残ったのは、満足気に日本酒をあおる柴崎と、ようやく上戸の世界から戻ってきつつある小牧だった。
「相変わらず強いね、柴崎さん」
 目尻の涙を押さえながら小牧が言う。その言葉に、柴崎は持ったお猪口を軽く掲げた。
「おかげさまで、出身地が酒どころなもので」
 にっこり笑って返す柴崎のお猪口に、小牧は今度は苦笑を顔に浮かべつつ、自分のお猪口を掲げて柴崎のそれにこつんと当てた。
「それで? 柴崎さんは俺に何が聞きたいのかな?」
 唐突なその問いにも柴崎の美しい微笑はまったく崩れない。それどころか、んふふ、と小さな含み笑いすら漏れる。一度、ぜひお伺いしたかったんですよねー。そう前置きしてお猪口を空にする。
「どうして断ったんですか?」
 何を、とは言わない。だが、他の誰でもない小牧には通じるはずだ。

 ……実験情報部への誘いを。


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