今宵あなたと夢の中 1

・・・・・from「ギモンケイの二人」

 ふわふわ、ふわふわ。

 まるで、雲の上でも歩いてるみたい。

 だって、脚に力入らないなあ、って、自分でわかってるのに、それでも前に進んでくって、なんか、雲の上をふわふわ漂ってるみたいじゃない?
 昔読んだ童話にそんなシーンがあったなあ。ふわふわの雲の上だと、自分の体もふわふわになって、どこまでも飛んで行けちゃうの。いいなあ、って、ずっと思ってた。ふわふわになって飛んでみたーい、って。
 でも、そのお話の中で、ふわふわになった主人公は、本当にどこまでも飛んで行っちゃいそうになって、おうちに帰りたいのに帰れなくなって大慌てするの。
 本当にいたい場所はおうちなのに。パパとママのところに帰りたいのにって。
 でも、パパとママはちゃあんとその子を見つけてくれるの。そして、うーんと手を伸ばして、その子をつかまえてくれるの。
 おまえのいる場所はここだよ、って。おかえりなさい、って。
 そして、その子は無事におうちに帰れるんだけど……あたしは、うちには帰りたくないなあ。うちのお父さんとお母さんは、手を伸ばして、つかまえたと思ったら、きっともう二度とおうちから出してくれない気がするから。あたしだっておうちは大好きだけど……でも、今のおうちには帰りたくない。
 でも、そしたら、あたし、このままどこまでもふわふわ飛んで行っちゃうのかな?
 それは……やだなあ。
 あたしが、今、帰りたい場所は……関東図書基地。守りたいものがあるところ。仲間がいるところ。
 追いかけたい人がいるところ。

 ふわふわ、ふわふわ。

 どうしよう、あたし、ちゃんと帰れるのかな。
 帰れないと困るの。
 会いたい人がいるの。

「大丈夫だ、ちゃんと連れ帰ってやる」

 そんな声とともに、右手をぎゅっとつかまれた。
 うわあ……堂上教官だ。
 教官がつかまえてくれた。
 じゃあ、もう、大丈夫。ふわふわなまま、どこまでも飛んで行っちゃわないで、ちゃんと帰れる。
 あたしの、帰りたい場所に。

 教官なら、連れて行ってくれる。

 ふわふわ、ふわふわ。

 いつの間にか、あたしと堂上教官が並んで座っていて。
 うわー、ありえなーい。まるでカップルさんみたいじゃんねー?
 さすが夢の中、なんでもありだ! おかしくなってくすくす笑う。
 だけど、教官の手が離れてしまったことがなんだかさみしくて、本当はもう一度手をつないでほしくて……
 でも、いくら夢の中だからって、やっぱりそんなこと言えない! 恥ずかしい! それに、変に思われるし! 手をつなぐなんて、本当は、恋人同士のすることでしょう? さっきは、あたしがふわふわ飛んでっちゃうから、仕方なくつかまえてくれてただけだもの。

 ……堂上教官はさー、ほんっと、すぐ殴るし、怒鳴るし、コワイし、いっつも眉寄せて難しそーな顔してるんだけどさ。
 ホントは優しいんだ。困ってる人のことをほっとけないんだ。あたし、知ってるんだから。そんな教官だから……王子様になっちゃたんですよね。

 あたし、堂上教官が王子様だから、すき、な訳じゃないんですよ?
 いざとなったら王子様になっちゃう堂上教官が、すき、なんですよ?

 そんなこと、絶対、ぜったい言えないけど!

 だから、手、つなぎたいな。
 でも、そんなこと言えないし、できないから。

 ぺし。

 叩く振りをして、教官の腕にちょんと触れる。

 ぺし。ぺし。

 困ったような顔で教官があたしを見る。

 ぺし、ぺし、ぺし。

 だって、しょうがないじゃないですか。
 こんなんでもなきゃ、あたし、教官に触れられないんだもの。

 そんなあたしに、水の入ったボトルが差し出された。受け取ってごくごく飲む。おいしーい。冷たい水が、頭と体のほてりを心地よく冷やす。ふわふわした体が、ゆっくりと地上に降りてくる…………




 うっ、わあ、堂上教官!?
 気づくと、あたしの目の前に、堂上教官のどアップがあった。その堂上教官の顔もびっくりして目を見開いている。
 ちょ、ちょっと待った! なんで! なんでこんなアップなの!?
 し、し、し、しかも、堂上教官の、手が、手が! あたしのほっぺをくるんでるとか! おかしい! ありえないんだけど!
 何、なんなの、どういうことー!? ここはどこ? 何がどうしてこんなことに!?
 頭の中はめちゃくちゃパニックになるけど、体が動かない。ただただ、間近にある堂上教官の顔を見つめたまま固まってしまう。だ、だって、あたしの顔、教官の手に包まれたままだし。いやそもそもそれがありえないけど!

 ……そうだ、ありえない。きっとまだ夢を見てる。

 だって、いつもだったら「アホか!」ってゲンコツが降ってきててもおかしくないこの状況で、それはいまだに降ってこない。それどころか、その手は今もまだあたしのほっぺたを包んでいて。その手があたたかで、優しくて。
 そんなこと、本当の教官がしてくれるわけない。

 だから、これは、きっと夢。

 そう思ったら、力が抜けた。夢だから……じっと見つめても恥ずかしくない。

 堂上教官が、王子様だった。
 そうわかってからというもの、とてもじゃないけどまともに見られなかったその顔。ホントは、ずっとまっすぐに見つめたい顔。

 あなたを追いかけて、ここに来ました。

 王子様に言うはずだった言葉は、言えないままになってしまったけど。
 あ、いや、言ったことになるのかな? 堂上教官には宣言した気がする……でも、王子様に向けて言った訳じゃないから! ノーカン!
 今、言いたいのは、別の言葉。王子様じゃなくて、堂上教官に。

 今のあなたを追いかけたいから、ここにいたいです。

 あなたの見るものを、あたしも見たいです。

 あなたのそばに、いたいです。

 いつか……いつか、言えるかな。こんな、戦闘職種大女なのにそんな乙女なこと、柄じゃないにも程がある、って、きっと笑われちゃうだろうけど。
 でも、やっぱり、あたしだって、女の子なんですよ?………

 ……あれ?

 ふと気づくと、堂上教官の顔が、さっきより近くなっている気がする。

 少しずつ、少しずつ、近づいてくる。でも、違和感を感じたのは、そのことよりもむしろ。
 近づいてくるその人が、堂上教官のはずなのに、堂上教官じゃない。
 あたしの見たことのない、男の人の顔。

 ……あたし、こんな顔の堂上教官なんて知らない。

 こんな人、知らない。

「誰?」

 湧いた疑問を思わず口に乗せてしまう。
 次の瞬間には、その人の顔は元の位置に戻っていて……それでも、あたしの頬を包んだ手はそのままだった。

 ねえ、あなたは誰?
 堂上教官はどこへ行っちゃったの?
 ねえ、教官を返してよ。

 こんなことしていいの、堂上教官だけなんだから。


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