summer holiday, winter holiday 3・・・・・from「休暇の予定」 |
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* 爆弾は朝一番で落とされた。 「笠原。お前、まだ夏休みの予定出してなかったな」 翌日、毎朝のならいで事務室に駆け込んだ郁が、天井からの空調だけでは足りずに商店街でもらった団扇でぱたぱたと顔を仰いでいるとき、堂上がシフト表を手に尋ねてきた。シフト管理は緒形の仕事だが、そのサポートは堂上の仕事だ。おそらく現時点までの提出状況を仮のシフト表に反映させているのだろう。郁は「ああ!」と手を打った。その様子がやけにうれしげに見えたのだろう、堂上が妙な顔をした。 夏休みのことをなんと切り出そうか、と、ただでさえ考え込むところ、昨晩柴崎によって追加ミッションを載せられてしまった郁にとって、この堂上の問いかけはまさに渡りに船だった。……などという解説ができるはずもないので、郁はそのまま「はい、まだです」と会話を無理矢理押し通した。堂上は相変わらず少し不審げな顔をしたままだったが、問い詰める程の事ではないだろうと判断したのか、続けて口を開き、──爆弾を落とした。 「できたらでいいんだが、お前、夏休みの日程をこっちに合わせられるか?」 ──え? ええええ? えええええええ!? そ、それ、それって! どういうことですか!? 夏休みは三日間。もしも通常の公休日とくっつけたら四連休、あるいは最大五連休。 お茶を飲みに行くどころか……ちょっとした旅行だって行けてしまう時間。だからこそ同期がそれを持ちかけて来ている訳で。 そう、休みを合わせて取ろう、という問いかけは、普通、その時間を一緒に過ごそう、という提案とセットだ。 ────ええええええええええええええ!? まさか、まさかまさかまさか、よりにもよって堂上がそんなことを自分に尋ねるはずがない。ある訳がない! ない、のに、でも確かに、目の前のこの人が、この口が、郁に向かってそう言った。 どういうことなの、どういうことなの!? 普段の郁なら有り得ない程の高速で回転した頭がそこまで考えて、しかし行きつく先は答えのない問いにしかならず、結果フリーズしたのは、堂上の言葉からほんの二秒後だった。 「……笠原?」 リアクションのない郁の顔を、今度こそ満面に不審の色を載せて堂上が覗き込む。それに郁が気付いたのはそのさらに二秒後だった。意識が飛んでいる間に思いがけず近付いていた堂上に、郁は思わず声をあげてのけぞった。 「わあああっ!」 「わあああっ! なんなんだお前はっ!」 いきなり目の前で大声をあげられて堂上の方も同じくのけぞる。その隣で小牧がくつくつ笑う声がした。 「なに朝から漫才やってるの。堂上の聞き方が中途半端だから悪いんだろ。ごめんね笠原さん、元はと言えば俺の都合なんだけど」 「はあ?」 椅子ごと後ろにのけぞったおかげで背後のキャビネットに激突しそうになったところを寸前で踏ん張った郁は、座ったまま椅子の位置を元のデスク前に戻しながら小牧の顔を見る。その顔はやけに楽しげで、それをなんだか憎たらしいと思うのは、小牧がこんな顔をするときはたいていこちらのテンパった状況を楽しんで眺めているときだからだ。……まあ、「ホントのところ」を知っているのは小牧しかいないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのけれど。でも、こっちはいろいろ大変なんですってば! 「小牧教官の都合?」 そんな内心のドタバタはなんとか脇に置いておいて、郁は小牧の言葉を繰り返す。その声に小牧が頷いた。 「夏休みで人繰りが大変なところに申し訳ないんだけど、九月に伯父の一周忌があってね。去年の葬儀には、なんせすごく突然だった上に遠地なこともあって行けなかったんで、今年は休みを取って行けないか、って実家からも言われちゃったもんだから」 小牧は一人っ子だと聞いているし、それだけ近い親族の葬儀ならば本来ならば参列すべきだったのだろう。しかし去年の九月、といえば、まだ郁の査問事件の真っ只中だった頃だ。おそらくそちらを優先させて参列を見送ってくれたものだろう。だってそんなご不幸の話、郁は今初めて聞いた。だから郁は心の中でだけ頭を下げた。査問自体は確かに郁の責任ではなかったが、それでも自分が手塚のようにもっとしっかりしていれば小牧に余計な負担をかけることもなかった。しかし今彼がそれに触れない以上は郁も何も言わずにいるべきだった。 「それで、小牧がまるっと三日の連休を希望してるんだが、もし他の班と調整がつくようなら、班全員で休み入れちまうか、と思ってな。もちろん強制じゃないから、予定があるならそっちで全然構わないんだが」 そう言う堂上の言葉に、郁の隣で朝イチからのドタバタ漫才に眉を寄せていた手塚が手を挙げた。 「自分は特に予定はないので、それでも全く問題ないですが、それにしたって全員一緒にそんなに休んでしまって問題ないんですか? 人繰りなどに影響は……」 その疑問は郁も同様だったので、手塚の隣でうんうんと頷く。一日単位の休みなら調整もさほど難しくないだろうが、連休、しかも班全員で一斉に、というのは、余計に面倒なことにならないのだろうか。 しかし堂上の答えは真逆だった。 「それぞれがとびとびに連休を入れると、逆に頭数の問題で訓練や警護のスケジュール設定が難しくなるんだよ。いっそ班ごと抜けちまう方が他班との調整がしやすいっていう、ぶっちゃけ俺の都合でもあるんだけどな」 「それに、こういうきっかけでもないとなかなかまとまった休みも取れないからね。ちょうどいいかと思って俺からそう提案した」 そもそもの小牧の申し出の発端は去年の査問事件だ。それをまるで自分の我儘のように聞こえる提案で打ち消そうとした堂上の軽口をさらりと上書きする小牧の言葉に、この二人の長年の付き合いと信頼に裏付けられたコンビネーションの良さが窺える。郁はなるほど、と納得し、それからさっき無駄に(本当に全力で無駄に!)高速回転して加熱した頭を冷ます。 だから! そんなこと(どんなこと? いやいや余計なことは考えるな!)ある訳ないんだから! 「そういうことなら……っていうか、むしろ助かりました。実はあたしも、もしも可能なら九月に夏休みをまとめて取らせていただけるかご相談しようと思ってたので」 「そうなのか?」 渡りに船、まさかの二隻目来た! とばかりに会話の流れに乗っかった郁の言葉に堂上が少し驚いたような声をあげた。郁は「あ、やっぱり図々しかったかしら」とたじろぎつつも、今更なかったことにできる訳でもないので、こくりと頷いた。 「まだなんにも具体的に決まってはいないんですが、同期と一緒に旅行でも行こうかって話があって。まずは休みが取れるかどうか確認させていただけたらと思ってたんです」 よかったー、今日の第一関門クリアー! 郁は心の中でだけガッツポーズをきめた。この話の流れならおそらくらダメ出しされることもないだろう。そう思いながら堂上を見返したら、──ん? 郁は一瞬だけ違和感を感じて、でも一度瞬きをしてあらためて堂上の顔を見遣れば、そこにあるのはいつもと同じ、怒っている訳でもないのに仏頂面だった。 あれ? 今、なんか、ちょっと不思議な顔をしてた、ような。 でもそれは本当に一瞬のことだったので、郁の気のせいだったのだと思う……たぶん。現にいつまでも堂上の顔に見入っている郁に「なんだ、まだなんかあるのか」と仏頂面の眉間の皺が少し深くなっている。 いえ別になんでも! と郁が慌てて返せば、堂上は「じゃあ、悪いが全員ここに夏休み入れるぞ」と言いながら早速手元の仮シフト表に堂上班四人の夏休み希望を書き入れた。九月中旬に、三連休。去年の同じ日付を思い出して、郁の顔は微妙に苦くなる。刺さる視線、砂を噛むような食事。あんな思いをするのはもうこりごりだ。そんな郁の様子に気付いたのか、堂上がちらりと郁を振り返った。 「お前、休みらしい休み取るの初めてだろ。たまにはうるさい上官から離れてゆっくりして来い。って、まあ、まだ先のことだが」 ……あの、だからね、それは、堂上が直属の上官で、かつシフト管理にも関わっているから、嫌でも郁の休暇取得状況を全て把握しているからであって、だからそんな気遣いの言葉が出てくるのも何の疑問もないというか、うん、そうなんだけど! 「はい、ありがとうございます」 それだけ返してぺこりと頭を下げると、郁は自分のデスクに向き直る。 端から見たらよくある労いの言葉かもしれないけど、そんな言葉に……郁の状況をきちんと慮ってくれるその気遣いに、郁は嬉しくて目頭が熱くなる。 ホント、もうダメだあたし。いつの間に、こんなに、やられてるんだろう。 この人のことが、好きだ。 だから、やっぱり、こわい。 自分一人だけが舞い上がっているのだと思い知らされてしまうことが。 弱気と笑わば笑え。郁は柴崎の呆れ顔を思い出す。だって、やっぱり無理。この場所で、これだけ気をかけてもらって、もうこれ以上を望むのは途轍もない贅沢なのではないか。そして、迂闊に余計なものを零れさせてこの場所を失うようなことになりでもしたらどうする。 だから、結局、この日も、郁はお茶の話を堂上に切り出すことはできなかった。 |
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