summer holiday, winter holiday 4・・・・・from「休暇の予定」 |
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* 「……まあね、あんたの気持ちもわからないではないのよ。だけどね、さすがに、半年以上引っ張った挙句に年を越すのはどうかと思うんだけど」 明日の晩はこの冬一番の寒さになりそうです、とテレビの天気予報が告げるのを聞きながら、実家から送られた半纏を羽織ってこたつに潜り、この部屋では珍しくココアが湯気を立てるマグカップを手にした郁は、不意に向けられた柴崎の言葉にきょとんとした。 「え、何が?」 と言った途端にその頬を思いっきりつまみあげられた。 「あだだだだだ! あいおいひあい!」 なによいきなり、と言いたいけれど頬がつままれているので正しく発音できない。郁がやや涙目になったところで柴崎はようやくその手を離した。その顔は郁の記憶の中でも五本の指に入るであろう程の、全力の、呆れ顔だった。 「なによ、じゃないわよ。お、茶! 堂上教官と行くんじゃなかったの?」 「ああ!」 一音ごとに区切って発音された「お茶」という単語に郁もようやく合点がいく。 春先に堂上から告げられた「カミツレのお茶を飲みたい」という希望。それを叶えるための下調べは春の終わりまでにはとっくに済んでいるのに、春を過ぎ夏を駆け抜け秋も終わり、間もなく年も暮れようというこの時期になってもいまだ決行できていないのは、郁自身も認める、自分の意気地のなさゆえだ。そうして弱気に負けて言えずにいるうちに月日が弾丸の速度で流れて行った上に、この秋は急遽決まった茨城県展警備が当初の予定を遥かに越える規模となり、とてもそんな甘ったるいことを考えている余地などなかった。……なかった、はずなのだけれど。 「……ちょっとぉ、気持ち悪い笑い方してんじゃないわよ」 「気持ち悪い言うな!」 郁はこたつの中で柴崎の脚を軽く蹴る。しかし自分の顔がにやけている自覚もあるのであまり強くは言えない。 「何よ、なんかあったの?」 にやにやと思い出し笑いをしている郁に、柴崎が不機嫌そうに問う。その声に郁は「くへへ」と、知らない人が見たら即不審者通報されそうな笑い声をあげてから、小さな声で言った。 「教官が、お茶のこと、覚えてた。県展のときに、店探しとけって言われた」 「だああああ!」 もう辛抱たまらん叫ばずにいられるか、という勢いで柴崎が声をあげた。この季節はこたつと化したローテーブルが星家の卓袱台よろしくひっくり返らなかったのが不思議なくらいである。 「県展だあ? もう一か月たってんじゃないのよ! 何やってんのあんたたち! それから今日まで何回公休があったと思ってんの!」 「だ、だって、茨城から帰ってきてから、公休日でもいろいろばたばたしてたし」 郁の言葉は言い訳じみているが本当だ。なにせ一か月あまりも不在にしていたのだ、それぞれプライベートの用事もこまごまたまっている上に、堂上は玄田不在の特殊部隊で隊長代行を務める緒形の補佐として休日返上で業務をこなしているのだから。 「それにしたって、そろそろ多少は落ち着いた頃でしょうよ。たかがお茶ごとき年またぎするような用事じゃないんだから、とっとと行ってらっしゃい。そうよ、ちょうど明日休みなんだから、今からでも連絡して、」 「わああ、それは無理! よりによって明日は無理だから!」 だって、明日は、よりによって──クリスマスイブなのだ。 年中無休二十四時間営業の特殊部隊のシフトは盆暮れ正月も、もちろんクリスマスだって、全く関係ない。だからその日に出勤の班もあれば、当然のことながら、公休日の班もある。 で、今年のクリスマスイブ公休に割り当てられたのが、堂上班だったのだ、が。 そのシフト表が配られたとき、郁は「なぜよりによってここ!?」と心の中で恨みの声をあげた。 だって、だって、よりによってクリスマスイブに、堂上に会えそうにないなんて。 ほとんど毎日顔を合わせているのに今更クリスマスイブの一日くらいどうだって言うんだ、と自分でも突っ込んでしまうけれど、それでも自分自身が驚く程に凹んでいるのも事実だ。 堂上のことを好きだと……誰にも譲りたくないくらいに好きなのだと自覚して、最初のクリスマスイブ。もちろん告白する勇気なんてないのだけれど(だって玉砕するのが目に見えているし)せめて仕事で一緒にいられたら、姿が見られるだけでもうれしいな、なんて思っていたのに、いくら同じ敷地内の独身寮に住んでいると言ったって、ただ勤め先で同じ班の上官と部下だというだけの関係なのだから仕事のない日は接点などありはしない。 そんなささやかな希望さえ取り上げられてしまっては、もう一日中部屋で不貞腐れているしかない。 だからと言って当然のことながら、ただでさえ半年以上言い出せずにいたお茶の件を、いくら堂上の方からまさかの催促があって、あの「約束」は有効なのだと確認できたとしても、よりによってクリスマスイブに言い出す勇気はない。だってそれはさすがに! 勝負に出てる感まんまん過ぎやしないか!? いや多少なりとも勝てる目算があるなら決行もアリかもしれないが、どこからどう見ても負け戦で、しかもそのあと二度と会わないならともかく翌日からもまた毎日同じ班で顔を付き合わさなくてはいけないのだ、そんな賭けになどとてもとても恐ろしくて手が出せない。 「だ、だからね、あたしはともかく堂上教官が年内はやっぱり忙しいこともあるしね、年明けには絶対に! 行くから! 教官にも催促されたし、今度こそホントに!」 実際それを言い出すには、また途轍もない勇気を必要としそうだけれども、それでも今度こそ堂上からの催促という言質がある分、郁のキモチの負担は大分軽くなった、はずである。 郁の宣言に柴崎の顔はいまだ怪訝そうだったが、やがて小さく「やっとか」と呟いた。 「え、なに?」と郁が問えば、「やっとあたしが手伝ってやったのが報われるのね随分と時間のかかったことで!」とイヤミのような言葉が返ってきた。ああ、これはランチ(デザート付き)何回分になるだろう、などと思いながら、郁は「大変遅くなりました。その節はありがとうございました」と頭を下げた。その謝罪と感謝は本物だったのだが、柴崎からはため息が返ってくるばかりだ。 「柴崎、何そんなに怒ってるの? いやホントに悪かったとは思ってるんだけど」 ため息の真意をはかりかねて、降参した郁が素直に尋ねるが、柴崎は「別に怒ってなんかないわよ、呆れてるだけ」としか言わない。 ……そんなに呆れられる程なんだろうか。確かにこれだけの長い間延ばし延ばしにして来たのは郁なので、それに関しては言い返す余地もないのだが、それにしても。 考えたところできっと答えに辿り着ける気もしない。郁は早々に諦めて、まる一日フリーな明日……クリスマスイブを一人でどう過ごそうか検討し始めた。明日はただの休日! いつもと同じ公休日なんだからね! と自分に言い聞かせつつ。しかしそちらに頭をシフトさせた途端に、テレビがクリスマスイブを明日に控えた街を彩るキラキラのイルミネーションや一足早く現れたサンタやトナカイを映し出したので、郁は小さく「クリスマスなんか大っ嫌いだ!」と心にもないことを呟いて、当然聞き逃さなかった柴崎に盛大に笑われることになった。 くそう、いいもん、年が明けたら今度こそお茶に行くんだから! バカ笑いしてもなお美しい柴崎の顔を睨みつけながら、郁は頬を膨らませつつ少し冷めたココアを啜った。 |
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fin.
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