unfair 1・・・・・from「休暇の予定」 |
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ねえ、これ見た? え、なに? ……ああ、これねー。見た見たぁ。昨日あたりからよく出回ってるよね。 こんなのいきなり目の前でやられたらビビるよねー。マジで殴ってんじゃん。 これなんかどう見ても、ほら、なんてゆーの、暴徒鎮圧とかみたいなさあ。どこの国のニュースかと思うわ。こっわー。 つーかさ、たかが本運ぶだけなんでしょ? 意味わかんない。 こないだも似たような画像出回ってたよね。最近多いのかなあ。そのうち鉄砲撃ち合ったりすんじゃないの? ええー、ちょっとぉー、一般市民のいるトコでそーゆーの勘弁してほしいわー。……あ、ヤダ、いつの間にこんな時間!? えっマジ、ホントだヤバッ! 伝票伝票っと。お会計別々にできるよねえ?…… 「……正しくは、ぜんっぜん最近じゃなくて、ずーっと前からずーっとあることですから! でもって発砲なんかしません市街地で! そういう取り決めになってますから!」 それぞれの鞄を持っていそいそと席を立っていった女子大生っぽい二人連れを見送りながら、郁は小声で言って子供のように唇を尖らせた。気を紛らわせるためにか目の前のレモンスカッシュのグラスに挿したストローをぐりぐりとかき回す。グラスの中で氷がカランカランと音を立て、ソーダの細かい泡が立ち上った。 「まあ、一般の人はそんな事情まで知らないでしょうから、ああいう反応も仕方ないとは思うけどね」 言いながら柴崎は、手にしていた紅茶のカップを置くと、テーブル上に置いてあった自分の携帯を操作した。いくつか叩いて表示された画像は、おそらく先ほど隣のテーブルでひそひそ話をしていた彼女らが見ていたものと同じもののはずだった。 昨日の午後、都内某所。図書隊の車両が良化特務機関により襲撃されたのに防衛員が応戦している、検閲抗争の様子を隠し撮りした写真。 関東図書基地を出発したこの車両は他館リクエスト配送便だったが、その中に一冊だけ、重要度は低目ではあったものの検閲対象図書が含まれていた。その情報がどこからか漏れたのかそれとも罠だったのか、対象図書の検閲──収奪を目的に、良化特務機関が襲撃を仕掛けてきたのだ。 図書隊、良化特務機関ともに、拳銃など火器の使用は図書館関連施設内に限られているから、こういった市街地で抗争が勃発した場合にはおのずと肉弾戦になる。何も知らずに居合わせた人には武装集団が突然ガチンコの殴り合いを始めたようにしか見えないだろう。そんなもの普段そうそうお目にかかるものではないから、偶然居合わせてしまった人々はたいていが激しく動揺し、慌てて逃げ出す人もいると言う。 しかし中には好奇心のが勝ってその場に居残り、剰え携帯電話などのカメラで撮影する人も少なくはない。むしろ最近はそうした人の方が多いくらいだ。そうして撮影された写真や動画がネットにアップされ、拡散されることは今までにも何度もあったし、今回もそれであろう。その度に、メディア良化委員会からの「指導」によってインターネットプロバイダなどの各サーバ管理者に削除命令が下るのだが。それは即ち、抗争の様子が市民に広く知られて困るのはどちらか、という問いへの答えだ。 昨日の昼間に撮影されたこの画像の拡散を図書隊が最初に確認したのは同日、昨日の夕方のことだ。その後、いつも通り良化委員会の指示で削除が進んでいるようだが、最近はSNSの利用者増加などにより拡散スピードが驚くほど早く、削除してもなかなか追いつかずにさらに拡散していくのも、これまたいつも通りではある。 とは言え、そういった画像を拡散している人々の多くが、この画像の意味を正しく捉えることも考えることもなく、ただセンセーショナルな絵面だけを取り上げて面白半分にシェアしているだけであるためか、良化委員会が躍起になって削除に回らなくとも、次々に流れてくる新しい話題にどんどん上書きされてネットの海に流れて消えて行ってしまうのも確かである。 「いっときこうやって騒いでも、どうせまたすぐ忘れちゃうくせにさー。そりゃ、全然知られずにいるよりはいいのかもしれないけど、でもなあ」 立ち上る泡をちょっとだけ眺めてから、郁はストローを吸った。乾いた喉を冷たさと一緒にかすかなプチプチ感が通り過ぎていく。 年度末に実施された昇任試験も無事に乗り越えた今日は、久しぶりに郁と柴崎の公休日が重なったこともあり、たまには少し足を伸ばそうと銀座界隈までやってきた。しかし平日昼間とはいえさすがの銀座、思っていた以上に人出が多く、この店に腰を落ち着けるまでに何店舗か空振りしていた。その果てのレモンスカッシュだから、その冷たさは歩き回って暖まった体にひどく心地よかった。 「でもなあ、って?」 こちらは冷え症のせいか単なる好みか、きっと両方の理由によって熱い紅茶を頼んだ柴崎が、携帯に表示していた画像を閉じて再びカップを手にしながら郁に問い返した。その声に郁は「んー、と、」と呟いて、特に意味もなく上へくるりと目線を巡らせた。天井で暖かい空気をゆっくりかき混ぜる羽根を見るともなしに見てから柴崎の顔に目線を戻す。 「本を運ぶ、確かにただそれだけのことのはずなのに、こんな抗争が起きてるんだよ──って、その事実をたくさんの人に知ってもらえるのはいいと思うよ。だけど、この手のヤツを見てわーわー言ってる人たちってほとんどが『殴り合いすげえ』とか、あるいはさっきの子達みたいに『こわい』とか、きっとそれだけでしょ。なんて言うか、こう……見世物扱いだよなあって。そうじゃなくて、もっと……うーん、いや、もういっそ見世物でもいいんだけどさ。でも、すごーい、とか、こわーい、だけじゃなくて、この人たちはなんでこんなことしてるのか、とか、そっちに向いてくれないかなあって」 こういった画像などが出回るたびに、郁の心の中にはいろんな感情が沸き立つ。それはものすごく複雑でもやもやとして、それでも無理矢理分類すれば、憤りとか、呆れたとか、悲しいとか、どうにもネガティブなものばかりで、そんな面倒なものは全部「むかつくんじゃー!」の一言にまとめて叫んで電柱の一本も蹴り倒したいのが正直なところである。以前ならきっとそうしていた。けれど今は、そんなもやもやのかけらをなんとか拾い上げては、その感情の落ち着く先を考え……るようにしたい、と思っては、いる。できているかどうかは別として。 そんな郁の言葉に柴崎は「そうね」とだけ返した。それはもちろん郁の言葉を突き放すようなものではなく、そのままを受け取ったのだということがわかったから、郁も安心して再びストローに口をつけた。 と、油断したところで爆弾が投下された。 「あんたも随分大人になったものよねー。前だったら、この手の話があるとすぐにぶち切れてたのに。ああ、いつぞやはぶち切れたらシャレにならなかったところを堂上教官に止めてもらったこともあったっけ?」 「わああああ、その話はナシ! もう昔の話だから!!」 昔と言ってもたかだか一年半前のことなのだが、今となっては配属直後のあんなことやこんなこと(そしてどれもこれもろくでもないこと)は記憶から抹殺したことになっているので、不意に掘り返されると動揺が抑えられない。それで大声を上げてしまうのも人情だと思って欲しいものだが、正面に座る柴崎がそれを見逃してくれるはずもなかった。 「うるさい! せっかく大人になったって褒めてあげたのに、ガキかあんたは。あたしの感動を返してよ」 「感動ってなんだ感動って」 「ほら、いわゆる親心ってやつ? この子はいつの間に立派になってー、みたいな?」 「誰もあんたに育てられてないわー!」 と、お決まりのノリツッコミを繰り広げたところで、はたとこの漫才、もとい話の発端を思い出す。 「ぶち切れかけたところを堂上に止められた」のは、配属間もないおととしの秋のはじめ、連続殺人を犯した少年の貸出記録提供を拒んだ図書館に対してマスメディアが押し寄せたときのことだ。 あのとき迂闊にもその只中に飛び込んでしまった郁は、取材陣の心無い言葉と行動に今まさに堪忍袋の緒を切らさんとしたところを追いかけてきた堂上に文字通り力ずくで止められ、引きずられるようにその場から救い出された。もしあのとき感情のままに叫んでしまっていたら、その後図書館はどれだけの批判や非難にさらされていただろうか。今になって思い出してもぞっとする。 そして図書館内に戻った後で、頭ではわかっているつもりでも感情ではとても納得できないさまざまな事情について、堪えようもなく溢れる涙とともに子供のように「でも」と「だって」を繰り返して吐き出したのに、堂上は根気よくつきあって、郁自身が少しでも納得できる着地点を探すのを手伝ってくれた。 あの経験があればこそ、ときに自分の感情が溢れ出したとしても、それをそのまま当てもなく吐き出すのではなく、零れた様々な感情一つ一つの落ち着くべき場所を丁寧に探していくことを学んだし、そうできるよう努めているつもりだ。 ……そこだけ覚えてればいいのに! あのときの情景もセットで思い出して郁は再び叫びそうになる。 子供のように駄々をこねて、子供のように泣きじゃくって。そんな郁が堂上の肩に顔を埋めたところでなんの色気もあったものではないのは我がことながら重々承知している。いるのだが、それにしたって! これでも一応妙齢の女子な訳で! それがそんなに男の人とくっ……くっついてたとか! しかも堂上教官と! 当時はそんなことを考える余裕などなかったし、それに……そもそも、堂上のことをそういう風に意識したことが全くなかった……と思う……ので、だからこそあんなことをしてしまっても、その後特に何も考えずに普段通りに生活していたはずだ。 もしも今、万が一にも、なんらかの事故で、あのときと同じように間近にくっついてしまったら。──だめだ、想像しただけで心臓が破裂する。 昨年秋の手塚慧の手紙によって陥った、近付くどころか目を合わせることすらできない挙動不審状態から、半年かけてようやくまともに会話できるところまで復活できたというのに、そんなの、無理! 絶対! 十八歳の郁を助けてくれた王子様と、二十四歳の郁の目の前にいる堂上。 それは実は同じ人だったけれど、名前も顔もわからない「王子様」ではなく、今確かに目の前にいる、「堂上篤」という名前を持ったリアルな一人の人間、上官……そして、男性、として見つめ直そうとした半年間を経た今、こうして過去の所業を振り返っただけなのに当時はしなかったはずの動揺に心臓を跳ねさせるということは、 ……つまり、そういうことなんだよねえ…… まるで他人事のように納得するしかない。自分は、どうやら、堂上のことを、 |
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