unfair 2・・・・・from「休暇の予定」 |
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「ちょっと、笠原。なに一人で百面相してるのよ、気持ち悪い」 真向かいから冷たく言い放たれた言葉に郁ははっと我に帰る。いかん、妄想が無駄に加速した。郁はその場をあわてて取り繕うべく、「ああ、そうそう、これこれ!」などとわざとらしく声をあげながら、さっき書店で買った雑誌を鞄から取り出した。それは春の行楽ガイド本で、首都圏近郊から日帰りで行ける範囲の行楽地や、逆に都心の穴場スポットやカフェなどを多数取り上げたものだった。こういった観光ガイド本は検閲対象となる可能性がごく低いこともあり、種類も部数も豊富で値段も比較的手ごろだ。書店の入り口付近に各種平積みされていたそれらの雑誌の中から、店員さんごめん! と心の中で頭を下げつつ念入りに見比べて、選び抜いて取り上げた一冊である。そのガイドブックのページを郁は当てずっぽうで開くと、目に入ったものから無理やり話題を引っ張り出す。 「ねえ、今度休みが重なったらさあ、これ見てどっか遊びに行こうよ。ほら、これなんかどう? 菜の花畑!」 そう言いながら郁が広げて見せた見開きページには、満開の菜の花畑が一杯に広がっていた。首都圏近郊の菜の花の見ごろは主に三月から四月中旬だが、郊外では観光資源として連休に合わせて開花するよう整備している菜の花畑もあるらしく、郁の開いたページで紹介されている場所には「見ごろ:四月中旬〜五月初旬」と書いてあった。郁たちの仕事に黄金連休は無縁だが、それはそれとして今から予定を調整するならその時期まで咲いていてくれるとありがたい。そう思ったら、郁は自分の挙動不審を取り繕うとしたことなど一瞬で忘れて俄然楽しくなってきた。ページ一杯に広がる満開の黄色は、写真を見ているだけでもうきうきしてしまう明るさ、元気さに満ちていて、そんな花に囲まれたらどんなに楽しくて気持ちいいだろうと思う。 ……自分がお花畑なんて柄じゃないのはわかってるけどね。それでもたまにはいいじゃん。 別に誰に何を言われた訳でもないのに、いや、言われる前だからこそ、誰でもない誰かに心の中で釈明する。我ながらそんな自分がいやだなあと思うけれど、いつの頃からかの習い性なので仕方がない。 それはともかく菜の花、と意気込んでページから顔を上げたら、そこには怒っているのか呆れているのか、あるいはどちらもが混ざり合ったような複雑な表情の柴崎の顔があった。その瞳がひどく冷たい気がして、郁の背がぴしっと音をたてそうな勢いで伸びた。 「な、なに!?」 「なに、じゃないわよ。菜の花なんてホントはどうでもいいくせに。その本を買ったお目当ては、別のページでしょ」 郁の背筋と同じくらいぴしっと音を立てそうな勢いで言い放たれた言葉に、郁は「えええっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。だって、まさかそこを言い当てられるなんて思っていなかったのだ。 そんなバカな、という思いそのままの顔をしていたのだろう郁に向かって「バレバレよ」と心底呆れたような声で言って、柴崎はこれ見よがしにため息をついた。 「そもそもね、最近部屋で雑誌やらネットやらでカフェだのティールームだのをやたらにチェックしてたの、バレてないとでも思ってたの? それで今日は本屋に行こうって言うから、今度はカフェ特集の新刊でも探すのかしらと思ってたら、なぜか行楽ガイドブックなんて見てるし。それで、あら趣旨を変えてどこかに旅に出る気なのかしらと覗いてみれば、観光地じゃなくて都心のカフェなんかの特集ページしか見てないって、一体どういうことなのかしら」 「だ、だって、カフェ本なんか見てたらあまりにあからさまだから」 と素直に思わず返してしまえば、それ即ち白状したと同義である。なにせ相手は柴崎なのだから。 書店でガイドブックの見比べに集中し過ぎて、まさか柴崎に覗き込まれていたとは思わなかった。郁は「痛恨のミス!」と頭を抱えたくなったが、そもそも全身アンテナみたいな柴崎の前でそんな地雷を踏む時点でお話にならない、ということも同時にわかっている。 きっと無意識に、柴崎に助けを求めたかったのだ。だって柴崎なら絶対にいい店をいろいろ知ってるはずだし──いや、違う。 柴崎からアドバイスが欲しかった訳じゃない。 郁の方が、柴崎に話したかったのだ。 堂上に、お茶に連れて行けと言われたことを。 突然そんなことを言われたのは昇任試験の結果が出た直後のことだ。壊滅的だった筆記試験の面倒を見てもらったお礼にと郁の渡したカモミールのアロマオイルからカモミールティーの話になり、それから、 ──飲めるって言ってたな、確か そりゃあ、花の香りをかいで、この花のお茶がありますよ、と言われれば、飲んでみたいと思うのは自然な成り行きであろう。だから郁も、せっかくならおいしいものを飲んで欲しいという気持ちもあってカフェなどで入れてもらったものを飲むことを暗にお勧めしたのだが、まさかそこから ──今度どっか飲める店に連れてってくれないか 自分にその案内役が回ってくるとは思わなかった。 確かに、それを勧めたのは他でもない郁なのだから案内しろと言われるのも不思議はないのかもしれないが、それにしても! 「連れてってくれ」は即ち「一緒に行こう」だ、ということを、この人はちゃんとわかっているのか!? だから! こちとらこれでも一応妙齢の女子な訳で! それを、案内役とは言え二人で出かけたりなんかしたら、そんなの、傍から見たらまるで、で、デートみたいじゃないですか!? ……という方向へ一気に思考が加速した郁は、半年かけてようやく取り戻したつもりの平常運転も吹っ飛ぶ勢いで動揺と妄想を抑えられず七転八倒した。だが、ふと我に返って考えてみれば、堂上があれだけ何の衒いもなくああ言ったということは、逆に言えば郁が動揺した……舞い上がったような意味はこれっぽっちもなかったのでは、いやそうに違いない、という結論にあっさりとたどり着いた。 であるならば、堂上の発言は単に身近な部下に対してのものなのだから、言われた方の郁は上官の意向に沿うべく速やかに対処するのが正しい。 それで先日からハーブティーを取り扱っているカフェなどをあれこれ探しているのだが、そんなときにせっかく久しぶりに都心の大型書店に行くのだから、雑誌や書籍をチェックしない手はない。 確かに最新情報はネットで大量に得ることができるが、玉石混交の情報の海から自分のお目当てにたどり着くのは思っている以上にずっと難しい。だからこそネット全盛のこの時代でも専門家による編集を経てまとめられた情報である書籍が有効であり、ゆえに図書館の存在意義もむしろ増していると言える。 それはさておき、お目当てを探しにそういったムック本などが並ぶコーナーに行きかけた郁だったが、ふと思い直して、明らかにカフェを探しているのがモロばれのカフェ特集号やカフェ紹介のムック本などではなく、春の行楽にかこつけてカフェを紹介しているガイドブックのチェックに切り替えた。 なぜかと言えば、そんなお店をチェックしているのが柴崎にバレるのを避けるためだ。 別に後ろめたいことなど何もない、はずなのに、そんな行動に出てしまったのは、結局のところ──堂上の真意はともかくとして──郁自身に下心があるからだ。 これじゃまるでデートじゃないですか──デートに見えちゃいますよ──本当にデートだったらいいのに。 そんな夢と妄想が渦巻くワンダーランド状態の自分をありのままに柴崎に見せるのが恥ずかしかったから、行楽ガイド総なめといった中途半端なフェイクをかまして、案の定あっさりと見破られた。 そう、案の定、なのだ。 恥ずかしいから隠したい、と思う一方で、本当は何が何でも隠し通したかった訳ではないことを、郁自身わかっていた。むしろ包み隠さず全部話して、力強い先達のご意見を賜りたいくらいである。 だってもはや、この動揺と妄想と期待と不安がはちきれそうな状態を一人で抱えていられそうにない! ──って、言われたんだけど。 ──ねえ、これって、どういうことだと思う? ──あたし、ちょっとは期待してもいいのかな? ──それとも、やっぱり、全然お話にもならないのかな。いや、十中八九どころか百発百中でそうに違いないけどさ! 白状してしまいたいこと、聞きたいことは山ほどある。それなのに、自分から言い出すのはどうしてもどうしても恥ずかしくて──だって、こんなガールズトーク、我ながら柄にもなさすぎて──でも、誰かに話したい。聞いて欲しい。 そんな矛盾まみれの堂々巡りの解決策として、敏い柴崎に言い当ててもらうことを無意識に選んでしまったことに、郁はここへ来て初めて気付いたのだった。 「あたし、ずるいなぁ……」 いつだって真っ向勝負の正面突破が身上だし、そもそも駆け引きだのなんだのややこしいことは不向きで不可能だ。そう思っていた自分にこんな卑怯さがあったとは。郁は自分自身の知らなかった一面に少なからず衝撃を受ける。そうしてこぼれた郁の言葉は会話の流れからすれば相当脈絡もなかったにも関わらず、柴崎は「そう? そのくらい普通よ」と当たり前のように受け答えたので、かえって郁の方が慌てた。 「え、普通って」 「自分から言い出せないことを、逆に人に言い当ててもらうよう誘導する、なんて、別に珍しくも特別でもないって言ってるの。とは言え、そういうのってたいてい相手に見破られてるから、実は余計かっこ悪いことにはなるけどね」 「わあああ!」 郁の動揺も葛藤も、柴崎には全部お見通しだったということだ。そもそも隠し事などできない性質である自覚はある。郁は中途半端にこそこそしていたここしばらくの言動を振り返って、柴崎の言うとおり「余計にかっこ悪い」自分が本当に恥ずかしくて叫びだしそうになる。いや叫んだ。その叫び声をなんとか短くおさめて郁は両の手のひらで顔を覆った。頬が熱いのは歩き回ったせいでも生暖かい空調のせいでもない。 ただでさえいろいろ恥ずかしいのに、恥の上塗りしてどうするあたし! 穴がなければ自分で掘ってでも入りたい! 「まあ、あたしは優しいから? それとわかっていても、敢えてあたしから聞いてあげるわ」 顔を覆った手の指の間を少しだけ開けば、その向こうで柴崎がそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべていた。 ここまで人の恥ずかしい様子を黙って見ていたくせに、優しいとはよくも言う。そう心の中でだけ憎まれ口を叩きつつも、それこそここまで来て、もう、逃げも隠れもしようがない。 そもそも、この展開を望んだのは、他でもない自分自身だ。 「で、誰とどこに行くつもりなの?」 指の間でにんまり笑う柴崎の微笑みに、郁は心を決めると手のひらを下ろし、口を開いた。 |
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fin.
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