きみを信じてる 3・・・・・from「待つ人。」 |
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「件名:Re: 本文:OK」 それだけ入力して送信すると、程無く今度は電話の着信を告げる振動パターンが柴崎の手の中で震えた。慌てることなく折りたたみの本体を開くと通話ボタンを押す。 「なによ、どうしたの。忘れ物でもしたの」 「そんな訳あるか。さっき新幹線に乗ったとこだ。今ちょうど品川過ぎた」 少し怒ったような手塚の声に柴崎はくすりと笑う。 「あ、そ。それで? どうしたのよ」 品川を過ぎたところ、ということは、東京駅で乗車してからまだ五分あまりしかたっていないはずだ。通話しているということは席からデッキに移動している訳で、乗車して席に着いたと思ったらすぐに立ち上がったのでは、なんともせわしないことである。 「寝てなくていいのかよ。お前も徹夜だっただろ」 「って、電話してきた人に言われてもねえ」 もしも柴崎が既に部屋に戻ってベッドに入っていたとしたら、とんだ安眠妨害である。もちろん手塚がきちんとその可能性も考慮して最初はメールを送ってきたのもわかっているが、あえてそこは突っ込んでおく。果たして手塚は律儀に言い訳を返してきた。 「だから最初にメールで状況尋ねたんだろ。……で、今は大丈夫なんだな」 「そうよ、だからなに? あたしの美容の心配?」 「バカ、何言ってんだ。いや、寝てろよとは思うけど、そうじゃなくて」 「はいはい、なにかしら?」 「お前も行くんだからな」 虚をつかれた、とはこういうことを言うのだろう。言われた言葉の意味を把握しかねて、思わず柴崎は「は?」と間の抜けた声をあげてしまった。 「何言ってんの?」 今から来いとでも言うのか。行っても何もできないあたしに。 目を閉じて、深呼吸して、ようやく少しは冷静さを取り戻したはずの心が再びざわめく。だからどうしてそんなことを、 「あのな、今から自惚れたことを言うぞ」 手塚の言葉はどこまでも予想外で、柴崎は反応する機を失う。その間をどう捉えたのか、手塚の方も「ええと、だからな、」などと、自分から「言うぞ」と切り出したくせに歯切れが悪い。やがて、思いを決めたように「うん」と一人頷いて、言った。 「お前の携帯だけど」 その言葉に柴崎も「ああ、」と応えた──予想外の展開に驚きつつも。 「個人情報のカタマリみたいなもんだし、そうでなくとも今時の端末は無断で使われたらヤバイ機能がいろいろあるのに、いくらあいつとやり合うためとは言っても、よくお前がこれを渡したよな」 あいつ──手塚慧。手塚の兄であり、未来企画のリーダーである彼と直接連絡を取るために、彼が必ず通話に応じる手塚の携帯が必要だった。その代替として、手塚には柴崎のスマートフォンを渡してある。今手塚が耳に押し当てているのは柴崎のものだ。 まさか、「この携帯をお前の代わりに連れて行く」とでも言うつもりか。よりにもよって手塚がそんな安っぽいことを言い出すとは思わなかった。柴崎は驚きつつも不審に思う。一体どういうつもりなのよ。 「そうね。でもそれが必要だったからそうしただけよ。今更それがどうかしたの」 そう、本当に今更だ。だって携帯の交換をしたのは当麻を関東図書基地で匿うようになってからまだ日の浅い、真冬のことだったのだから。 「ああ、今更だ。でも、これも今更になるけどな、お前、これ、別に交換する必要なかったよな。事情が事情だけに、俺の携帯をお前に貸すのは全然構わない。でも、代替機としてお前が携帯を差し出す必要はなかった。プリペイドの携帯だってあるんだし、これだけ長期になるなら新規契約で別の携帯を用意してもよかったはずだ」 「そんな準備をする間も惜しかったのよ」 いつなんどき状況が変わるかわからなかったあの頃に、特殊部隊の、しかも直接当麻の警護に当たっていた堂上班の手塚を、通信手段を欠く状態に半日たりとも置く訳にはいかなかった。だから柴崎がすぐに用意できる代替手段として自分の携帯を差し出すことに躊躇はなかったのだ。 とは言え、手塚の言う通り、いずれどこかのタイミングで正式な代替機を用意して手塚に渡し、その時点で自分の携帯を取り返すこともできたはずだったが、そうすることは結局ないまま現在に至る。なぜかと言えば、 「あたしだってあんたの携帯預かってるんだから、あんたの個人情報まるごと好きにできる状態なのよ。そんなリスクをあんただけに負わせるのもフェアじゃないでしょ。つまりは人質よ、人質」 人に借りを作るのは嫌いだ。誰とでも──それがいわゆる「友達」と呼ばれる間柄であったとしても。もしもその相手と交渉ごとに及ぶことになった場合に、弱みを握られた状態で優位に立つのは難しくなる。そんなリスクが生じる要因は日頃から潰しておくのが柴崎のポリシーだ。 「まあ、そう言うだろうとは思ってたけどな」 電話の向こうで苦笑する気配に、柴崎は軽く眉を寄せる。だから、今更、なんなのよ。 「お前の言う通り、その携帯は俺の個人情報が詰まってて、その携帯に何かあったら、俺自身にも被害が及ぶ可能性が大きい。そういう意味では、その携帯も俺自身みたいなもんだ」 「それはそうね。まあ、このあたしが預かってる以上そんなことには絶対しないけど」 「わかってるよ。……それでだ、同じことはこっちにも言える」 手塚が柴崎の携帯を、というか、携帯の中に記録されたさまざまなデータを悪用しようとすればいくらでもできる。そんなことになったら、手塚の言う通り、そもそもの持ち主である柴崎自身に何らかの害が及ぶのは当然だ。 「なによ、なんかやらかす気なの」 そんなはずはないことはもちろんわかっている。しかし結局この男は何が言いたいのか。いまだ手塚の意図が読めなくて、柴崎の苛立ちが募る。安っぽいセリフを吐きたいだけならさっさと言えばいい。そしたら「はいはいよろしくね」といなしてさっさと電話を切るのに。きっと、ほんの少しばかりの落胆とともに。 柴崎の言葉に「んな訳あるか」と言い返した手塚は、「だからな、」と一区切り置いて、言った。 「こんな、お前の分身みたいなものを託してもらえる程度には、俺はお前に信用されてると思ってる」 ……だから、どうしてこの男は、あたしの予想の斜め上からものを言うのだ。 |
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