きみを信じてる 4

・・・・・from「待つ人。」

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「あんたねえ、」
 柴崎はふう、とひとつ息を吐き出し、言った。
「なあに、それがなにか特別なこととでも思ったの? 志を同じくして働く図書隊員として、今までの実績から鑑みて信頼に足ると判断しただけのことよ。それを自惚れかも、なんて思う方が余程か自惚れじゃないの」
 別に、あんたが特別な訳じゃない。そんな情に流されたりなんかしない。
 なのに耳元に届くのは苦笑の気配だった。
「それくらいわかってるよ。図書隊員としてでもなんでも、仲間として、ちゃんと信用してくれてるからこそ、預けてくれてるんだろ」
「まあ、そういうことになるわね。とは言えお互いに人質交換はしてますし?」
 それは手塚を信頼していることと矛盾しているように聞こえるかもしれないが、柴崎の中では筋が通っている。しかしそれは柴崎の側の問題なので手塚にはわからなくて構わなかった。
 なのに。返ってきた言葉は明らかに不満げだった。
「そんなもんなくたってちゃんと信頼してる。でなきゃ俺だって預けない。それこそ今更そんなこと言わせんな」
 ──見透かされてる。
 柴崎は息を呑んだ。
 柴崎は、手塚を仲間として信頼している。それは手塚にも言った通りだ。そして、手塚もそれを正しく理解している。そうでなければいきなりこんなことを言い出すはずがないのだから。
 なのに手塚に人質を取らせたのは。
 柴崎自身のための保険だ──手塚に信頼してもらうための。
 もちろん、手塚が裏切らない人間であると見極めた上で柴崎は彼を信用することにしたのだが、
 ──あたしは人を信じない。あたしは他人に頼らない。だって、人は、人を裏切るものだから。
 ──たとえあたしが信じたとしても、相手が信じてくれるとは限らない。
 ずっとずっと、そうやって人と接してきた。だから、人から自分に寄せられる信頼を手放しで信じ切れる程には、柴崎は人を信じることに慣れていなかった。
「……ごめん」
 結果として、手塚が柴崎に寄せてくれて信頼にケチをつけたことになる。柴崎が謝罪を告げると、手塚は小さく息をついた。
「いや、こっちも悪かった。いいよ、お前はそういうやつだ」
「言ってくれるわね」
 そう返してみせるけれど、実は鼓動が一瞬跳ねただなんて、手塚にはきっとわからない。わかられたら困る。
「よく言えば慎重、悪く言えば疑り深い。でもそれがお前って人間だし、それにお前の仕事に必要な資質なんだから、それをどうこう言うつもりはない。……それでだ、本題に戻るけど、」
 そうだ、結局手塚が何を言いたいのかいまだによくわかっていない。おそらく「手塚が柴崎の携帯を持って行くから、柴崎も大阪に行くことになるんだ」と言いたいのだろうということは予測がつくけれど、一体なぜこんなに回りくどい話をしているのか。
「そんな慎重に過ぎるお前がこんな大事なものを預けてくれてるんだから、仲間としてでもなんでも、俺はお前にしては相当信用されてる部類に入ると思ってるんだが、間違ってるか?」
 否定はできなかった。
「どんな部類かはこの際問題じゃないでしょ。信頼してるかどうかだけ言えば、さっき言った通りよ。仲間として信頼に足る人間だと思ってるわ。それで満足?」
「よし、言ったな。自分の発言には責任持てよ」
「なによ?」
 自分は何か迂闊なことを言っただろうか。柴崎はこの短い間の会話を瞬時に巻き戻してみるが、思い当たるものは特にない。一体何の言質を取られたか、と思った一瞬の後に手塚が言った。
「お前が信じてくれてる俺が言う。この携帯が俺の手元に今あるのは、お前がこれまでずっと一緒に戦ってきた証だ。だから、これを持って行くってことは、お前の魂を連れて行くってことだと思ってる。お前も大阪に行って、最後まで戦うんだぞ」
 言われたことは、ほぼ柴崎の予想通りだった。だのに、予想していたようには、その言葉が柴崎の心の外側を上滑りしていくことはなかった。それでも、返す言葉はやっぱり、
「安っぽいこと言うわね。恥ずかしくないの?」
 言われた言葉を素直に受け取らないものにしかならなかった。
 本当は、真っ直ぐに飛び込んできたのに。
 柴崎の言葉に手塚が少しうろたえる気配が伝わってきた。
「うるさい。恥ずかしいこと言ってるってことくらい自覚はある!」
 それだけ言って、ため息をひとつついてから、手塚は「それでも、」と続けた。
「お前も最後まで一緒だって、言わなきゃだめだと思ったから言った。でも、俺がいきなりそんなこと言っても、お前のことだから何バカなこと言ってるんだとか言われて終わりそうだと思ったから、お前が納得するよう言おうと思って回りくどくなった。長くなって悪かったよ」
「……そうね、短くはなかったわね」
 でも、必要だった。その時間が。その言葉が。
 柴崎が手塚の思いを正しく、素直に受け取るために。
「疲れてるとこ、悪かったな。お前、もしかしてまだうちの庁舎にいるのか? 早く部屋帰って寝ろよ」
「あら、最後まで一緒に戦うぞとか言っておきながら早く寝ろって言うの、矛盾してない?」
 柴崎がくすくす笑いながら言えば、手塚の声が再びうろたえる。
「それとこれとは……」
「大丈夫よ。でも一度寮に戻って朝ご飯食べてくる。そういえばあんたたち、朝ご飯は?」
「ああ、東京駅で俺と小牧二正とで駅弁まとめ買いさせられた」
「人数分より多い数を?」
「当たり前だ」
 そこで「当たり前」としれっと言ってしまうあたり、手塚もすっかり特殊部隊の子だ。柴崎はやっぱりくすくす笑い、それから一息置いて、言った。
「笠原を、よろしくね」
 絶対に人を信じないはずだったあたしが、今こうして、手塚を信頼し、己を託している。
 そのきっかけになったのは、郁だ。
 郁が、人を信じる勇気をくれた。あたしはひとりではないと教えてくれた。
 その郁を、どうか、助けて。
 そして、
「ああ。笠原も一緒に、全員で帰る」
 手塚の言葉に、柴崎は黙って頷いた。
 あたしはここで待つ。任務の完遂と、全員の無事の帰還を祈って。
 もう独りよがりな我儘で焦ったりしない。
 だって、心は彼らと共に戦うのだと、今なら信じられるから。
 柴崎は椅子から立ち上がり、背筋を伸ばした。敬礼する代わりに、携帯を持つ手に力を込めた。
「いってらっしゃい」
 きっと電話の向こうでも手塚の背筋は伸びているはずだ。
「ああ。それじゃ」とだけ言って切れた電話を、柴崎は耳から離して折りたたむと制服のポケットにしまった。そして一度だけ、うん、と大きくのびをすると、くるりと踵を返して歩き出した。
 向かうのはエントランスホール。寮へ帰る道。
 さっき手塚にも言った通り、一度部屋に戻って軽くシャワーだけ浴びてすっきりしたら、朝食を済ませて、もう一度ここに戻ってくる。
 もう、ここを離れたら切り離されるかも、なんて気弱なことは考えない。
 あたしもまだ、戦闘中なのだ。他でもないあたしが信じるあいつがそう言うのだから、間違いのはずがない。
 歩き出した柴崎の足取りは、もう、いつも通りに軽やかだった。


fin.


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