driving in th night 3・・・・・from「燃えて青春駆け抜けろ!」 |
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世界から音が消えた。 そう思った。そのはずなのに、堂上の耳には当麻の声だけがはっきりと届いていた。届いてしまった。 「この人でしょう? って聞いたら、笠原さん、『どうしてわかるんですか!』って。彼女、ホントに嘘のつけない人ですねえ」 ────なんだって? 「でも、その次の瞬間にはものすごい勢いでお願いされたんです。自分が王子様の正体を知っていることを堂上くんには絶対に言わないでくれ、って」 ──────知って、た、のか? しばしフリーズしていた堂上の頭が一気に高速回転を始めた。 郁の入隊以来、同僚どころか上層部にまで拝み倒して敷いた箝口令を誰が破ったのか。いや、箝口令と言ったところで所詮堂上の我儘を皆が観察対象として楽しむために黙っているだけのことだから、それを破られたところで文句を言う筋合いでもないのだが、しかし──いつの間に? そうだ、いつからあいつはそれを知っていた? そういえば、郁はいつの間にか「王子様」についてほとんど語らなくなっていた。最後に郁の口から「王子様」という言葉を聞いたのはいつだったか── あたし、王子様からは卒業します! 小牧を本気で笑い死にさせそうになったあの宣言は、もちろん堂上本人にとっても人生五本の指に入るであろう衝撃だったが、 ──そうか。あのとき、きっとお前はもう知ってしまっていたんだな。 気付いてしまえば、もはやなぜあのとき気付かなかったのか不思議なくらいだった。 何をどう書いてきたのか知らないが、やはり手塚慧の手紙がキーだったのに違いないと堂上は確信する。あのときの郁の挙動不審っぷりといったら本当に酷かった。酷過ぎた挙句に自分が落とされるとも思わなかったが、郁の方だってまさか目の前の口煩い上官がずっと憧れの王子様だったなどと夢にも思っていなかったのだろうから、どれだけ動揺し、混乱したことだろうと思えば今さらのように納得した。 「……そうでしたか」 そう言った声は堂上自身にも意外な程落ち着いていた。その様子に当麻は小さく頷き、言葉を続けた。 「でもぼく、笠原さんに、どうしてですか? って聞いたんです。だって、別に知ってたっていいじゃないですか」 素朴な疑問を告げる当麻の言葉に堂上の眉が寄る。それは確かにそうなのだが。 「そしたら、笠原さんが言うんですよ。だって恥ずかしいじゃないですか、って」 言って当麻は堂上の顔をじっと見る。堂上も思わず見返してしまう。そして……二人して、笑った。 そりゃあそうだろう、まさか目の前の鬼教官が己の人生を変えた王子様だったなどとは夢にも思わずに、会いたいだの憧れているだの、剰え好きだのと、それと知らずにとはいえ本人相手に全力で語りつくした後で、どうして「ああそうですか。じゃあまあ、それはそれとして」と平然としていられるものか。真実を知った後のあの挙動不審を経て、よくもまあかの「王子様卒業宣言」まで半月ほどの短い期間でたどり着けたものだと感心するくらいだ。とはいえ、堂上に対する挙動不審が収まるまでにはさらに半年ばかりかかっていたような覚えもあるが。 ……などと、まるで他人事のように言える立場ではないことも堂上にはわかっている。 もし郁が、王子様は実は堂上である、と知った後、すぐにそのことを堂上に告げていたら、自分は一体どうしただろうか。そう思えば郁の挙動不審などかわいいものだったのかもしれない。 そんなことを考えていた堂上に、当麻が「それとね、」と続けた。 「笠原さん、こうも言ってました」 ──堂上教官が王子様だ、って、まあ、ひょんなことから、外部の人に知らされちゃったんですけど。でも、それまでホントに誰も一言も言わなかったんですよ。入隊してから一年以上たってるのに。だからあたし思ったんです。それってきっと堂上教官が、自分があたしの王子様だってことを何としても知られたくなかったからなんだろうなって。それにはきっといろんな理由があるんでしょうけれども、でも、理由が何であれ教官が知られたくないと今でも思っているのなら、あたしはやっぱり知らないことにしておきたいんです。 「優しい子ですね」 小さな子供を見守るように目を細めた当麻に、堂上は軽く目を伏せた。 「……そうですね」 手塚慧の手紙から間もなく二年近くたつ。それだけの長い間、郁はそのことを隠し通してきた。 嘘をつき通すような器用さを持ち合わせないはずの郁に助けられたのはむしろ堂上の方だ。 「今でも知られたくなかったと思っていますか?」 不意に当麻から差し出された問いに、堂上は己を振り返る。 実は郁がもう随分前から知っていた、とさっき突然知らされたときにはそりゃあ心臓が跳ねる程驚いた。だが── 「いえ。それならそれで、という感じでしょうか」 そうさらっと言える自分にこそ、堂上は驚いていた。 静かに答えた堂上に「そうですか」とだけ返して、当麻は残っていた麦茶を飲み干した。 「いきなり話を振ってすみません。ありがとうございました」 そう言って立ち上がった当麻を見上げ、堂上は一つだけ問うた。 「笠原の『お願い』を聞いてやらなかったのはなぜですか?」 ──絶対! 絶対に内緒にしてくださいね! 質の悪いゴシップ好きとも思えない当麻が、自分の照れ隠しと、そして堂上への気遣いのために嘘をつき通そうとした郁の「お願い」を、「優しい子」だと言いながらあっさり無視したのはなぜか。 午後の明るい日差しを背中に背負った当麻は逆光の中で「笠原さんにはとても申し訳ないとは思ったんですが」と困ったような笑みを浮かべた。 「王子様の正体を知っているぼくが、知っていることを伏せたままで王子様についての話を本人にするのは、やっぱりフェアじゃないなあと思ってしまって。つまりはぼくの我儘です」 だから、このことは笠原さんには内緒ですよ。 まるで子供のように口の前に人差し指をたてて見せた当麻に、堂上は思わず苦笑してしまう。「了解しました」と一言返すと、当麻はにっこり笑って先ほど郁が向かった勝手口へと歩いて行ってしまった。 その後ろ姿を目で追いながら、堂上はあらためて考える。 あれだけ周囲の人間に厳重に箝口令を敷いてまで隠し通そうとした事実を郁が既に知っていた。それは確かに衝撃的だったのにも関わらず、当麻に問われて考え直した時に、実はそこまでたいしたことではないのではないか、と思ってしまった。以前だったらとても考えられないような気持ちの変化はなぜか。 ──相談するべき内容だったら堂上教官に真っ先に相談します! ──私は堂上教官の伝令ですから。どんな光景も最後まで一緒に見ます。 郁が堂上に向けて言ったあんな言葉やこんな言葉が耳の奥でリフレインする。それらの言葉に、郁が入隊当時にあれだけチビだのクソ教官だのとボロクソな言いようだったはずの堂上を全力で信頼し、追いかけてきていることを知った。そして、それをうれしく思う自分がいることも。 そして。 堂上の胸を刺したそれらの言葉は、どれも郁が真実を知った後に放たれたものだったと知った今。 ……とんだ自惚れか? 知ったことか。 あのときの三正が堂上であると知ってなお、今の堂上に向けてあれらの言葉を告げたのなら。そして、まだ寒かったあの日、普段は見せることのない、ただの「女の子」の顔を見せたのなら。 それはつまり、郁が、王子様であった過去も全部ひっくるめて今の堂上を認め、信頼し、追いかけ、そして──── |
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