rewards 3

・・・・・from「MRI」

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「よう、起きたか」
 口調だけは威勢のいい、しかし掠れた声で呼びかけられて、俺は閉じていた目を開けた。声は横から聞こえたような気がする。重い頭をなんとか右に巡らせると、先程の戦闘で階段下に展開していた班の班長を務める二正が隣に転がされていた。階級こそ同じだが図書大以来の先輩である彼を、俺は相変わらず「先輩」と呼んでいた。だから今も
「先輩こそ、この忙しいさなか何転がってるんですか」
 と自分もだいぶ掠れた声で軽口を返してみたが、
「この忙しいさなか落ちてた奴に言われたくねえなあ」
 と反撃されて黙るしかなくなる。が、
「……どれだけ落ちてましたか」
 とにかく己の状況確認、と俺は尋ねた。ここはおそらく救護テントだろう。落ちた現場から運び出されて転がされているのだ。自分が落ちている間にどれだけの時間がたち、どれだけ戦況は変わったのか。現場に残してきた班員たちはどうしているのか。そして、あまりに長い時間落ちていたのだとすると、自分自身の体の心配もしなくてはいけなくなる。くそっ、この余裕のない時期に。
「落ちてたのは十分やそこらじゃないか。俺もお前もここに担ぎ込まれてからまだ五分も経ってねえよ」
 先輩の答えに俺は少しだけ安堵の息をつく。
 ちなみに俺は足だ。かすり傷だが、ヘマやっちまった。そう言って先輩は顔を顰めながら笑うという器用をやってみせた。
「そんでお前は階段落ちな。最上段から踊り場まで、そりゃあ見事な落ちっぷりだった」
 言われて俺も顔を顰めた。意識を失う前の記憶を必死にたどれば、気を失っていると思っていた良化隊員が実はまだ意識があり、こちらに腕を伸ばしてきたところまでは思い出せたので、おそらく走り抜けようとした足を掴まれたか引っかけられたかして、走っていた勢いそのままに階段に突っ込んだというところだろう。状況にしても見目にしてもかなり情けない。
 それはともかく、ヘルメットも防護服も防弾チョッキも装備した状況で、たかが階段落ちで意識を失う程の衝撃を受けたとは普通考えにくいから、よっぽど着地時の打ち所が悪かったのか。頭を打って昏倒するのは珍しい……ああ、そうでもなかった、割と最近あったな、と思い出して更に眉を寄せる。しかもその「最近」は戦闘中でなかった辺りがさらに痛い。
 いや、それはさておき。
「倒れていた良化隊員の確保を後回しにした自分のミスです。失神していると思い込んでました」
 ──相手フリーのままでなにが確保だバカが。
 俺を見事な大外刈りで落とした彼女がかつて新人だった頃に自分が言い放った言葉が、こんなところで自分に突き刺さる。今さら新人並みのミスを犯したことが恥ずかしいやら情けないやらとにかくいたたまれないが、
「気絶してようがしてなかろうが、もうほとんど動けなくなってる奴の確保よりも今まだ暴れてる奴らを押さえる方が先だろ。別に間違っちゃいねえよ」
 先輩のざっくりとしたフォローに、確かにもし同じ状況に陥ったのが自分ではなく部下だったとしたら、自分もそう言うだろうとも思えたので、これ以上抗弁することはやめた。あとは己の中の反省材料とすればいい。
「それに、お前を落っことした奴は笠原がしっかり確保したしな」
「笠原が?」
 俺はそこでちょうど思い出していた人間の名前が出てきたことに一瞬驚いたが、先輩はそれを気付いた様子もなく「お前が落っこってきたときは素っ頓狂な声あげてたがな」と笑った。
「お前、ちょうど笠原と良化が取っ組み合ってるところに降ってきたからな。それでその場が呆気にとられた瞬間に、笠原がすかさず残りの良化隊員に連続で回し蹴り食らわして持ってた銃を弾き飛ばして、体勢崩したところを周りの連中で確保。そんでもって笠原はそのまま階段駆け上って、上でぶっ倒れてた奴を確保した。まあ、見事な早業だったよ」
 そこで回し蹴りかよ。俺は思わず噴き出してしまった。
 男に比べ脾力に劣る彼女が打撃力を求められる場面に遭遇したとき、自慢の全身のバネをフル活用できる足技に出るのは今に始まったことではないが、踊り場という狭い場所でそれはどうなのだろうか。周りの味方に二次被害が起きずに済んだのならよかったが、などと考えつつも、相変わらず全力でことに当たる彼女が頼もしく、誇らしい。
 ……心配は、また別の話だが。
「しかし、よくもまあ、あの粗忽者をああまで立派に育てたもんだ」
 ドロップキックが飛び出した日にはどうなることかと思ったがな、と言って先輩が笑い、俺の顔は微妙に苦くなる。
 笠原や手塚の代の新入隊員の錬成訓練にはこの先輩も教官として参加していた。笠原の型破りっぷりは他班にも知れ渡っていたから、先輩も当然彼女にまつわる種々のエピソードを知っている。そのエピソードの多くに自分が絡んでいることには正直複雑な部分もあるが、それはともかく。
「あいつのそもそもの素養です」
「もちろんそれはそうなんだがな。お前さんの御し方がよかったんだろうよ」
「御し方って……馬じゃないんですから」
「おう、じゃじゃ馬ならしとはよく言ったもんじゃねえか。昔のあいつだったら、お前が落ちてきた時点でカッとなって階段駆け上がってただろうよ。それに、」
 ──普通の女だったら、上官が目の前に落ちてきた日にゃまずそっちに気ぃ取られちまうだろ。
 その点で既に型破りとも言うけどな。そう言って笑う先輩の言葉に、俺は小さく目を瞠った。
 俺を落とした奴をキレて締めに行くのでもなく。
 ましてや、昏倒した俺の状況を窺うのでもなく。
 まず、目の前の敵を狩りに行った。
 なぜかは聞くまでもない。それがその場で一番優先されたからだ。
 自分が今為すべきことを適切に判断し、そして行動に移す。そんな一人前の図書隊員だからこそ。
「……手塚ともども、なんとか一人前になってくれたようでほっとしてます」
「お前もよく頑張ったよな」
 いろいろ思うところはあったろうに。そう付け加えられて一瞬苦い気持ちになるが、その声がからかいを含んでいないこともわかったので、俺は「恐縮です」とその言葉を素直に受け取ることにした。

 意識を取り戻してから先輩とぽつぽつ会話していたことで、最初はぼんやりしていた意識もだいぶはっきりしてきた。体の怠さ、重さは致し方ないが、なんとか動き出せる状態には戻っているはずだった。
「そろそろ戻ります。一日も早い戦列復帰を祈ります」
 上半身だけを起こし、「上から失礼します」と隣で寝たままの先輩を見下ろすように敬礼して見せる。すると先輩が小さくにやりと笑った。
「頑張ったお前にご褒美をやろう」
 ご褒美? まるでこの場にそぐわない単語に俺は眉を寄せた。そんな俺に、先輩の浮かべる笑みがにわかに強くなった、ような気がした。
「さっき、笠原がお前を落とした奴を確保したって言ったろう」
 確かにそう聞いた。だがそれが褒美となんの関係が? 俺は相変わらず眉を寄せたまま小さく頷いた。
「あの場にいた良化隊員はそれですべて確保完了だった。追撃してくる他の侵入者もなかったから、その場はひとまず状況終了になったってことだ。……その途端にだな、」

 ──堂上教官っ!

「一声上げるなり、それこそ階段を転げ落ちるんじゃないかという勢いで降りてきてな。俺も足をやられて担がれるところだったからその後どうしたのかよくわからんが、とにかくお前の名前を呼んで駆け下りてくるときの笠原がなあ……さっき見事な回し蹴りかましてた勇ましさはどこへやらってな半泣きで、まるっきり普通の女の子の顔でなあ、」
 そこまで言って先輩は一度言葉を止めた。
「──かわいかったぞ?」
 そこでまたにやりと笑った先輩に「お先に戻ります! お大事に!」とあらためて言い放ち、俺はまだ少しふらつく頭を押さえつつ立ち上がると救護テントを飛び出した。
 そりゃあ……そりゃあ、さぞかわいかっただろうよ!
 しかし、それを後から聞かされたって、俺はそれを見られる訳じゃない。
 俺が落ちてる間のそんな話をされたって、ご褒美どころか、お預けくらった気分なんだが!
 若干やさぐれた気分で一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐くと、それで気持ちのリセットとした。
 ここからは再び戦闘モードだ。そんな甘いことを考えている暇はない。なんといってもここはまだ抗争の真っ最中なのだから。
 無線のイヤホンを耳に嵌め直し、スイッチをオンにする。班の周波数に合わせ「こちら堂上、これから戻る。現在地を教えてくれ」と告げた。と、
『堂上教官っ!』
 イヤホン越しに聞こえたその声に、リセットしたはずの気持ちがかすかによみがえって軽く頬が緩んだ。だが、そんな気配は無線には決して乗せない。
「声がでかい! 聞こえてる。小牧、現況を」
 信頼できる、頼もしい、大事な仲間のもとへ。
 俺は重い体を無理矢理引き上げて走り始めた。


fin.


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