叫ぶ、指。 3

・・・・・from「MRI」

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 ヘルメットを脱いだ堂上の頭に外傷がないか、眼振は起きていないかといった診察に加え、めまいや吐き気などの自覚症状はないかなどの問診が行われる。
 堂上自身、今のところ全身の倦怠感以外の自覚症状はないので、あとは数日中に他の症状が出ないかどうかはできる限り安静にして様子を見るつもりではあった。安静にできるかどうか、自分ではどうしようもないのが悩ましいところだが。医官の方も「本当なら最低一週間は安静にしててほしいんだけどねえ」と言いはするが、状況を鑑みると眉を寄せるしかないようだった。
 目立った外傷なし、とカルテに書きつけながら、そうそう、と医官が言った。
「さっき話に出た笠原さんだけどね」
 笠原がどうかしたか、と堂上は訝しげな顔になる。それに気付いているのかいないのか、医官は相変わらず何かを書き込みながら言葉を続けた。
「彼女、確かにここの常連だけどね。でも入隊以来、入院沙汰になるような大きな怪我してないでしょう?」
 その通りだったので黙って頷く堂上に「一番酷かったのは入隊訓練中に誰かさんに極められた腕ひしぎかな」と爆弾が落とされた。そこを衝かれては、堂上は「いや、それは」と頭を下げるしかない。
 なにせ、その当時もこの医官にこっぴどく叱られたのだ。
 ──確かにそういう罰則的指導が入るケースもあるだろうけどね、湿布を何十枚も貼らなきゃいけないほどのことやらないよ普通? 女子なのに、なんてことはこういう場所だから言わないけど、それにしたってわざわざ利き腕を極めるかい? 以後の訓練にも日常生活にも支障が生じるんだよ。そのせいで彼女の訓練が滞ったら、君、どう責任取るの? それに、もともと格闘技をやってた子じゃないんだから筋肉の鍛え方も違うんだ、下手すれば筋を壊してたかもしれない。堂上二正、君ならそれくらいわかってない訳じゃないでしょう。さすがに大人気ないんじゃないの。
 わざわざ呼び出しを受けてまで食らった、当時も今と変わらずのマシンガントークに一言も言い返す余地もなく、しかし医官に謝ってもそれは筋が違うというものなので「反省します」とだけしか言いようがなかったのが、もう三年前の春のことだ。当時の自分の大人気なさ……というか、余裕のなさを思い返して堂上は眉を顰めた。
 念のため、吐き気が出たときの薬を出しておくよ、と言いながら今度は処方箋のシステムと思しき画面にデータを打ち込む医官が話を続けた。
「大きな怪我がないのは適切な訓練の成果と、なにより現場の采配の良さの賜物だよ。さらには運がいいのもあるだろうけど、彼女の場合はそれと同じくらいに、本人の意識も大きいと思うねえ」
「意識?」
 彼の言葉をオウム返しした堂上に「そ」と一音だけ返して医官は大仰な手振りでキーボードのエンターキーを叩く。どこかでプリンタが起動する音が聞こえた。
「笠原さんがどうしてここによく来るかって、もちろん軽傷を負ったときも多いけどね、むしろ目立った外傷なんてないときのが多いかもしれない。目に見える怪我でなくても、筋肉の張りだの関節の違和感だの、少しでも普段と違う、不安を覚えるようなことがあれば、すぐにここに来るよ」
 医官の言葉に堂上は頷いた。その言葉の通り、郁が「湿布もらってきまーす」だの「ちょっと医務室行ってきますね」だの言ってたびたびこの部屋を訪れていることは堂上ももちろん知っている。その都度「どうした」と状況を伺うからだ。それは、もし今後の作戦行動に影響が出るような異常があるのなら、自分は上官としてそれを把握しておかなくてはならないからなのだが、たいていの場合「いえ、痛い訳じゃないんです。ちょっとだけ気になるので念のために」という応えが返ってきていた。こんなことで無理して嘘をつくような奴ではないので、まめに気を付けているということなら良し、と思っていたのだが、どうやら堂上が把握しているよりも頻繁に郁は医務室を訪れているらしい。
「もともと陸上の選手だったんだろ、彼女? スポーツ選手ってやつも、一度故障したらそのシーズンどころか、下手すりゃ競技人生を棒に振るんだもの、その経験からのことなんだろうけど、体のメンテナンスに対してはすごくシビアだよ。確かに笠原さんも無茶しぃなんだろうけど、僕に言わせたら昔の君と比べたら目じゃないね」
 さすがに最近は多少はおとなしくなったみたいだけどね、とさらに余計な一言を付け加えられて、堂上はなおさら口を挟めなくなった。正直なところ、今はともかく当時の自分と比べても郁の方が遥かに無茶というか、突拍子のなさ無鉄砲さ予想のつかなさで言えばいっそ比べるのが間違いだとまで思っているのだが、それでも怪我を負ったり病院送りになったり、という結果だけ見れば、悔しいかな、無茶レースは堂上の圧勝だった。
「男女の差もあるんだろうけどねえ」とフォローのつもりかどうかわからない言葉を継ぎ足して、医官の話は続く。
「話を聞いても実際に診察しても、毎日のウォーミングアップからクールダウンまでものすごく丁寧にやってるのがわかるよ。そうしないと逆に痛めるってことも、肝心な時に全力を出せないってこともちゃんとわかってるんだね。もちろん、抗争やら事件やらは突発的に起きるものだからウォームアップなんかしっかりできる訳はないんだけど、常日頃から手入れがしっかりしてるから多少のことじゃガタつかないんだろうねえ」
 という訳でね、堂上くん。言いつつデスクの脇に据えられたプリンタから吐き出された一枚の紙、処方箋をぺらりと取り上げると、医官はそれを堂上に差し出した。
「君がとても責任感が強いのも、今はもう無駄な無茶をしなくなってるのもわかってるけどね。こんな時だからこそ後輩を見習って自分の体にもうちょっと気を遣いなさい。それは君のためだけじゃないんだ」
 差し出された紙を受け取ってスツールから立ち上がると、堂上は深く礼をした。



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