叫ぶ、指。 4・・・・・from「MRI」 |
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* 病院には事務室に戻ってすぐ電話を入れたが、検査の予約ができたのは数日後の午後だった。 その当日、頼むからこんなときに下手な事件など起きてくれるなよ、と思いながら堂上は病院に向かい、外来診察の受付を済ませた。予約してあっても軽く一時間以上待たされるのは総合病院の常だ。まったくこの余裕のない時期に、と若干の苛立ちを抱きつつ時間潰しの文庫本を開きながら過ごした待ち時間を経て、ようやく医師の問診を受けるといくつかの検査を指示された。 何か所かの検査室を回る必要があるために看護師から院内案内図を渡されるが、堂上にしてみたらつい最近までは恥ずかしながら常連のようなものだったこの病院だ、案内図などなくとも指示された行き先にはほとんど迷いなくたどり着ける。 まずは二階でレントゲン撮影を済ませて、次に向かったのはMRI検査だった。 レントゲンも同様だったが、MRIも検査着に着替える必要がある。受付窓口に申し出ると小さな更衣室に案内された。鍵付きロッカーに鞄を収め検査着に着替えて、更衣室を出れば看護師に「準備ができるまでこちらでお待ちください」と検査室前の待合コーナーへ連れて行かれる。その順序も道順も、どこまでも自分の記憶のまま変わらないな、と苦笑する堂上だったが、そこで初めて、一つだけ変わったことに気が付いた。 ……変わった、と言うべきだろうか? たどり着いた待合コーナーは、やはり堂上の記憶とほとんど変わらずそこにあった。少しくたびれたパイプ椅子が三脚に、小さな花瓶の置かれたローテーブル。そこには検査を受ける際の注意事項を記した紙が何枚かクリアファイルに綴じられて置いてあった。待ち時間に読んでおけということだろう。それもまた記憶にある通りだ。椅子に腰かけた堂上は時間潰しにとそのクリアファイルを手に取った。 「MRI検査を受ける方へ」 そんな見出しで始まるそれを眺める。仕事柄、文章を読むのは早いから、この程度の案内はあっという間だ。 1.MRI検査は磁気を利用した検査です。以下のものは持ち込めません。
1はともかく、2は検査の指示を受ける前に主治医がチェックしてるだろうよ、と突っ込みながら読み進む。その突っ込みまで何年か前の自分と同じであることを思い出して、堂上は思わず苦笑してしまう。そしてどの項目も自分には縁がないのがわかっていたので、軽く眺めてすぐにテーブルに戻したものだった。だから今もそうするはずだったのだが、
3. 以下の方はMRI検査を受けられない場合がありますので事前にお申し出ください。
──変わったのは病院ではなく堂上の方だ。
何年か前に同じ案内を見たときには全く引っかからなかった項目に堂上の目が留まる。
装置の中は狭く、絶えず大きな音が鳴ります。また検査中は長時間動くことができないため、狭いところが苦手な方、長時間じっとしていることが難しい方は検査が困難な場合があります。当院では事前に安定剤を飲んでいただくなどの対応が可能ですのでお申し出ください。
思わず小さく見開いた目にあの夜見た横顔が思い浮かんだ。二重に閉鎖された空間、鼻を摘まれてもわからないような暗闇の中、護衛していた作家を安心させるために自分も閉所恐怖症であると告白し、それでも「お互い頑張りましょう」と気丈にも声をかけた彼女。だが本当は自分だって怖くて息苦しくて仕方なかったはずだ。そう思うと堪らなかった。だからあの暗闇の中、堂上が自分から手を伸ばしたのは、上官としての分を越えていたことは否定しない。 挙句、そうして手を伸ばしたとしても、本当に彼女の苦しさを少しでも和らげることができるかどうかの保証など全くなかった。そうである以上、結局のところあの行為は堂上の自己満足でしかなかった。 そのはずだった。 だが郁は、そんな堂上の手に自ら指を絡めてきた。まるで縋るように。その指に……その指から伝わる、普段の無駄に元気な様子からは想像もつかないような弱さに、心臓が跳ねる程衝撃を受けたことなど決して言えるはずもないが、このときはそんなことを考える間もなく堂上も力を込めて指を絡め返していた。──こうすることで少しでも不安や苦しさが取り除けるのであればいくらでも。 ヘリとその操縦者には大きな被害が生じたものの、護衛対象を無事に図書基地に移送することに成功したその後、乗っていた車両を戻すために格納庫へ向かった。その途中ちらりと見た助手席の横顔が息苦しさにあえいでいる様子ではないのを確認して、心底ほっとしたものだった。そんな様子は見せ……ずに済んだと思っているが。ただ、その後しばらくまともに彼女の顔を見られなかったのは事実だ。 「堂上さん、お待たせしました」 看護師に呼びかけられて、堂上はクリアファイルを置いて立ち上がった。促されるままに検査室に入り、MRIのベッドに横たわる。装置内部の騒音対策として大き目のヘッドホンをかぶせられ、右手には緊急呼び出し用の小さなスイッチを握らされた。ヘッドホンからはどこかで聞いたことのあるクラシックが流れてきていたが、中に入ったら装置の発する激しい動作音でほとんど聞こえなくなることを堂上は知っている。 「装置の中で、もし息苦しくなったりつらいと感じたら、遠慮せずにスイッチ押してくださいねー」 にこやかにそう告げられて、まあ自分は使うことはないだろうなと思いながら頷いた。本当に不安のある患者はもっと早い段階で、もっと切羽詰った顔で自己申告するものなのだろう、堂上の反応に今回は形だけの確認でいいと判断されたのか「じゃあ始めますねー、ベッド動きまーす」と思いの外ぞんざいに検査が開始された。ベッドがゆっくりスライドして頭の方から大きな筒状の機械に吸い込まれていく。その中はひどく明るいが、ちょうど人一人が横になったぎりぎりのサイズで、しかも身動き禁止という状態では、どんなに視線をめぐらせても真っ白な機械内壁しか視界に入らない。特に恐怖症を持たない堂上であっても、確かにこの状況は怖いとは言わないまでもかなりの圧迫感を感じるし、だから、本当に閉所恐怖症の人には相当しんどいであろうことも予測がついた。 ──前にコレに入った時には、そんなこと全然考えなかったんだがな。 頭を動かさないように小さく笑い、そして「そんなこと」を考えた原因である彼女のことを思う。 小さな怪我も大きな怪我も、してほしくない。させたくない。その為に入隊当時から今に至るまでみっちり鍛えてきた。その成果が表れていると医官に評価されたのは上官として誇らしいことではあるのだが、それがこの先も今までのように彼女を守るかどうかの保証はどこにもない。 だとしても、あいつが病院送りになることが……こんな機械に放り込まれるようなことが、今後もなければいいと願わずにいられない。 それは彼女を戦場の最前線に立たせる上官という立場で安易に望んでいい願いではないかもしれないが、それでも。 車の中ならともかく、こんな機械の中に一人入られては、俺はあいつの手を握ってやれないではないか。 やがて装置が動作し始め、ヘッドホンから聞こえるクラシックをかき消すような稼動音が周囲を満たした。検査の所要時間は三十分余りと言われている。どうせ身動きできないのだし、いっそ無理矢理にも騒音を意識から切り離して寝てしまおうか。そんなことを考えて目を閉じた堂上の左手に、不意にあのときの感触が蘇った。 暗闇の中、細い指が……普段ならどんなにつらくても決して弱音を吐くことのない彼女のその指が、まるで「助けて」と叫ぶように堂上の指に絡みつく。 ──ああ、俺が助けてやれるものならば。 これが心電図でなくてよかった、などとバカなことを思いながら、堂上はその左手をぐっと握りしめた。 |
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fin. |