リズム・フィーバー! 1・・・・・from「トリビアリズム」 |
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「……あっ! やっ! ……えっそこ!? わっ、あっ、ダメ待ってっ! ……ちょっ……だめっそこダメッ、やめっ! あ、や、やっ……あーっ!」 切れ切れに、しかしそこそこ長い間続いていた郁の短い悲鳴は、その一際大きな叫び声を最後にぱたりと途絶えた。その沈黙を埋めるように「ぴろりろりろり〜」なんて間の抜けた電子音が流れ、がくりとうなだれた郁に追い打ちをかける。挙句、とどめの一言が頭上から容赦なく降って来た。 「笠原さん、へったくそー。オレのが全然うまいじゃん!」 鼻高々、という感情を声にしたらまさにこんな声だろう、と思うその甲高い声の主が、脱力した郁の手から小さなゲーム機を取り上げてその戦果をあらためて確認する。 「なんだ、まだ三面しか行ってないじゃん。オレなんか十五面くらい軽く行けるぜ」 「初めてだったんだからしょうがないでしょ! 毎日やりまくってるあんたと一緒にすんな!」 優越感満々の笑みで郁を見下ろす少年に、郁はまるで同じ年頃の子供のように噛み付いた。その様子を自分の席で窺っていた小牧がぷっと噴き出し、その隣の手塚が「ガキ」と呆れたように呟き、そして眉間に深い皺を寄せた堂上が立ち上がり「うるさいぞ笠原! ゲームくらい黙って出来んのか!」と苛立った声で一喝したところで、それまで必死に堪えていた小牧の上戸が決壊した。 * その小さな来訪者は唐突に特殊部隊事務室に現れた。 「ホントにすまん。うちの嫁の実家で急な不幸があって、嫁がどうしても飛んで帰らなきゃならなくなってな。でも向こうは葬式の準備やらなんやらでてんやわんやだから絶対に子供の面倒を見る余裕なんかないってんだ。とはいえ当然俺も休める訳がないし、かと言ってこいつを家に一人で置いておく訳にもいかないし。……っつー緊急事態ってことで隊長には許可はとった。夜には俺もこいつ連れてあっちに向かうから、すまん、夕方までここに置いてくれ」 そう言って顔の前でパン! と手を合わせて頭を下げたパパさん隊員の横にちょこんと立った、小学一年生だという小さな息子は、手に流行りの携帯ゲーム機を持って見慣れない景色に落ち着かなげにキョロキョロしていた。 確か奥さんは東北某県の地主かなんかの家の出とかで、嫁の実家に行くと親戚やら地元の何役の人やらやたら大人数が出入りして、付き合いが面倒で敵わん、などと彼がこぼしていたのはいつかの正月明けだったか。そんな大きくて古い家が葬式を出すとなったら確かにてんやわんやなんだろうなあ、と思いながら珍しい訪問者に見入っていた郁の視線と、初めて来る父親の職場を興味深げに見回していた子供の視線がバチリとぶつかった。 と、その小さな顔が見る間にキラキラと輝き、そして口を開いた。 「ゲームやろうぜ!」 「へっ!?」 それは明らかに郁を目指しての呼びかけだったが、しかし言われた内容が理解できなくて、郁は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。いや、「ゲームをやろう」という意味なのはわかるのだが……なんであたし!? 「こら! 笠原も仕事してるんだからお前の相手なんかできないんだぞ! 一人でそこで遊んでろ!」 郁の初めて聞く、普段の勤務中とは何かが、しかし確かに違う「父親」の声音で叱られても、子供は自分の興味最優先で聞く耳持たない。呆気にとられて立ち尽くす郁の袖を引っ張って「オレとどっちが先の面まで行けるか勝負な!」とやる気満々だ。 先の父親の言葉に応えるなら郁も「ごめんね、お姉ちゃんお仕事だから」とあしらうべきだし、図書館内での業務中に利用者の子供たちに遊んでとじゃれつかれるのをあしらうことが日常茶飯事の郁なら、今もそうすることは難しくない。 しかし、今のこの子は家の事情でやむなく見知らぬ大人の中に放り込まれている訳で、そんな子供を一人で放置してしまってはかわいそうかな、なんて気もしてしまう。とはいえ子供の相手をしていれば郁の仕事が滞るのも確かで──しかもよりによって今日の午後は郁の不得手な書類仕事が山積みだ──、さてどうしたものか、と思わず堂上の方を振り返ってしまった。 そんな郁と目があった堂上は、小さくため息をついてから父親の方に向き直った。 「お子さんも見慣れない場所で不安なんでしょうし、落ち着くまでは笠原に相手をさせましょう。うちは今日の午後はずっと事務室詰めですから問題ありません」 「え、でも、あたしの仕事」 無意識とはいえ自分から指示を仰いだくせに、その上官の言葉が意外で、思わず口を出してしまった郁に堂上が苦い顔で返す。 「お前は午後中ずっとゲームしてるつもりか! この子が落ち着いたところで切り上げてこい」 いやあの、そりゃそうなんですけど! 郁は困惑顔であらためて堂上の顔を見直してしまう。 「それにしたってあたしの分が滞っちゃうんですけど、それは、」 「その程度のフォローはする。お前はいらん心配するな」 いいから早く相手してやっておとなしくさせてこい、そう言って堂上が不意に郁の背を子供の方に押し出したので、一瞬バランスを崩して「わわっ」と声をあげた郁の前で子供が「やったあ! 早く早く!」と歓声をあげ、その隣で父親隊員が「すまん、笠原、堂上、恩に着る」と再び顔の前で手を合わせ拝んでみせた。 そして、郁が子供に言われるままに見るのもやるのも初めてのゲームにトライした結果が、三面頓挫、であった。 |
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