リズム・フィーバー! 5

・・・・・from「トリビアリズム」

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 八回目の繰り返しがいよいよ終わるそのとき、背中の重みと中腰のつらさに郁の膝は半ば上がりかけていた。それでもようやくバリケードに手をついたところで、不意に背中が軽くなった。あれ? と思って顔を上げると同時に、バリケードについた手を内側から強引に引っ張られ、郁はバリケードの中に転がり込んだ。
「うあっ!?」
 そのままの勢いで地面に激突するかと思わず目を閉じた郁だったが、予想した衝撃は来なかった。だがその理由を確かめる余力もなく、郁はぜえぜえと喘ぐばかりで身を起こすこともできなかった。
 ちょっと……あたし、鍛え直さないとダメ?
 いつまでたっても治まらない息と動かない体をよそに、頭の中ではもう必要ないのにゲーム音楽がいつまでもちゃかぽこと鳴り続ける。あーくそ、もういいのに、止まれやかましい。自分の頭の中に文句をつける郁の、その頭の上に、ぽん、と何かが弾んだ──弾んで、郁は慌てて顔をあげた。
 そこには、かつてない程の至近距離で、堂上の顔があった。
「わああああああああ!!」
 それまでどうにも動かせなかったはずの体がバネのように弾けて、郁は潰れていたその場所から飛びのいた。だって──だって、あたし、堂上教官を下敷きにしてたの!? ていうか! ちっ近すぎだからっ!
 飛びのいた勢いでバリケードの内側に寄りかかるかたちでへたり込んだ郁の前で、傍から見れば郁に押し倒されたように仰向けになっていた堂上が
「それだけ声が出て動けるなら上等だ。俺なんか潰れて声も出せなかったってのに」
 と言ってむくりと起きあがった。その様子を見ながら、ああそうか、バリケードにたどり着いたところで郁の背負った負傷者を内側から引っ張り上げ、それから、もうバリケードを乗り越える力なんか残っていなかったに違いない郁の手を引き上げてバリケードの中に引きずり込んでくれたのは、そして郁が地面に激突しないようにクッションになってくれたのは堂上だったのだ、と郁もようやく状況を把握するが、先程の絶叫と飛びのきで残った力をすべて使い果たして完全に動けなくなっていた。「ありがとうございました」の一言さえ出せず、へたり込んだままぜえぜえと喘ぐばかりだ。
 そんな郁の頭を再びぽんと叩きながら、「よくやった。お前が回収した隊員は先に中へ搬送された」と堂上が言った。
「お前も息が落ち着いたらいったん中へ戻って無線機を交換して来い。お前が回収してる間に増援も来たし、第一その状態じゃ戦力にならん」
 まともに動けるようになったらとっとと戻って来い。そう言って立ち上がると、増援に来た防衛員に指示を出すためだろう、郁に背を向けて隣のブロックへ小走りに向かって行った。
 ──ああもう、やっぱり、堂上教官の背中はでかい。
 そんなことを考えている場合ではないと言うのに、郁はなかなか治まらない息の下でそんなことを思っていた。

     *

 ようやく自分で歩ける程度に復活した郁が図書館棟へ退避していくのを見送った小牧が、隣で短機関銃の引き金を引く堂上に向かって声を張り上げた。
「ちゃんと話聞いてたんだ」
「何がだ!」
 図書隊側の増援到着に伴い、さらに激化した銃撃戦の中では隣同士の会話も大声になる。それにしてもこの場にそぐわない問いかけをしてきた小牧に堂上も怒鳴り返す。もちろんお互い目は前方の良化を見据えたまま、手は引き金にかけっぱなしだ。
「『リズムフィーバー』。笠原さんがそれだけは曲を覚えてるって」
 思いがけない小牧の言葉に堂上の眉間に皺が寄る。
「あんだけ大声で騒いでりゃ嫌でも聞こえる!」
「でも笠原さんはリズム感に自信なさそうなこと言ってたじゃない」
「あいつがリズム感いいことくらい俺がよく知ってる!」
 自分のリズムをしっかり掴んで、自慢のバネをそのリズムにうまく乗せることができているからこそ、誰よりも早く走り、そして筋力のなさをカバーできる。
 そして周囲のリズムに自分を合わせることで、屈強の男たちに出遅れないように自分の特性を生かす。
 入隊後の教育期間から今に至るまで、そんな郁を堂上その人がずっと指導してきた──見守ってきたのだから。
 そう怒鳴り返されて、小牧は一瞬だけきょとんとして、そして噴き出した。
「何笑ってる! お前だって知ってるだろうが!」
「そりゃそうなんだけど。それより、おまえと笠原さんのリズム感があまりにもぴったり過ぎてさ。むしろ今回の勝因はそこじゃないの?」
 いくら同じ曲を同じタイミングで歌い出したからと言っても、三カウントならいざ知らず、それなりの長さのフレーズを、しかも八回も繰り返していれば少しずつテンポがずれていってもおかしくないし、むしろその方が自然だ。それなのに堂上が援護射撃の指示を出すタイミングと郁が植え込みから飛び出すタイミングは最後まで美しいほど完璧に合っていた。
 ──まったく、どんだけ気が合うのさ、あんたたち。
「そんなこと知るか!」
 吐き捨てるように怒鳴りつけて堂上は引き金を引き続ける。そしてそれを聞いて再び噴き出しそうになったのをこらえながら小牧も。
 増援のおかげでこの防衛線もなんとか持ち直したし、これ以上の突破は許さずに済むだろう。無線に入る情報によれば他の防衛線も善戦しているようだから、今日の襲撃も凌ぎ切ることができそうだった。
 そんな中、まさか自分のゲームが誰かの命を救っただなんて、あのやんちゃな子供は夢にも思わないに違いない。
「あとであの子にお礼言わないといけないね。ゲーム持ってきてくれてありがとうって」
 口元だけで小さく笑って、小牧は前方の良化の足を止めるべく引き金を引いた。


fin.


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