手のひらの魔法 5・・・・・from「強いお酒をちょうだい」 |
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ひとしきり泣いたら、胸の中に詰まっていた大きな塊がだいぶ融けて小さくなったような気がした。残念ながら完全になくなりはしないが、先ほどまでのような重苦しさはほとんどなくなったように思う。 「……落ち着いたか?」 優しい手の主が尋ねる。はい、と答えると、その手はそっと離れていった。あ、いなくなっちゃった。名残惜しい気持ちでその手の行方を目で追うと、いつもの少し不機嫌そうな声で「なんだ」と問われ、郁は思わずぶんぶんと首を振った。 もっと、ずっとあやして欲しかったなんて、言える訳ないじゃないっ。 「か、顔洗ってきます!」 泣きすぎてボロボロになっているに違いない顔を少しでもリセットするため、郁は公園の水飲み場まで走り、冷たい水で顔を洗った。今日はごく軽く化粧をしてはいたが、あれだけ泣いたらほとんど流れ落ちてしまったのではないかと思う。とはいえ、仕事のときは基本的にいつもスッピンだし、今更堂上に取り繕うべき顔は幸か不幸か、ない。だから郁は開き直って、涙を吸うだけ吸ってずっしり重くなったタオルハンカチも一緒に洗い、顔を拭った。化粧水と日焼け止めをつけられないのだけが心残りだ。 ベンチまで戻ると、堂上が自分の荷物を持って立ち上がった。 「帰るか。……あー、バスにするか?」 バスに乗るか駅に向かうかで公園の出口は逆になる。駅方面の出口へ向かいかけた堂上が郁を振り向いて、少しだけ言いにくそうな声音で尋ねてきたが、郁はそれに笑って返した。 「電車でいいですよ。その方が早いし」 ここへ来るときはとても乗る気になれなかった電車も、今ならきっと大丈夫だと思う。 そんな郁に「そうか」とだけ返して、堂上はそのまま歩き始めた。その後を郁も小走りに追いかけ、そして尋ねた。 「お店」 「ん?」 「どんなお店に連れてってくれるんですか?」 本当は、もう強いお酒なんてなくてもいい、と思う。でも、せっかく堂上と飲みに行けるのなら、その貴重な機会は逃さないとしたものだ。郁は興味津々、という顔で堂上の答えを待つ。その問いに堂上は顎に手をやって宙を見つめた。頭の中で行きつけの店のリストを検索していたのだろうか、やがて「カクテルだもんなあ……やっぱあそこか」と独りごちてから郁を振り返った。 「吉祥寺のバーに行こうと思うんだが、がっつり飯食えるような店じゃないからな、あそこに行く前にはどっかで腹ごしらえしないといかんな。ただでさえ弱いお前が空きっ腹で飲むとか考えたくもない」 「バー……ですか?」 飲みに行くならもっと普通に居酒屋とかだと思っていた郁はきょとんとする。飲んだくれると言えばビールで乾杯(しかし自分は全然飲めない)の宴会しか知らない郁はバーとは無縁だ。 「そういう大人っぽいとこ、行った事ないです」と思わず言ってしまった郁に、堂上は苦い顔で向き直った。 「だいたいなあ、あの手のリキュールは、そりゃストレートでも飲まなくはないだろうが、普通はカクテルとするもんだ。それも知らずに適当に持ってきやがって。訳もわかってない奴に飲ませるのは無駄だ」 「無駄ってなんですか無駄って。あたしだってお酒の味くらい」 「わかる程飲めるのか?」 そう言われればやっぱり「うう」と唸るしかない。そんな郁に、予想外の一言が降ってきた。 「だから、あのリキュールのカクテル、飲ませてやる」 「え?」 あまりにも予想外過ぎて、郁は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてしまった。飲むなって言ったくせに、飲ませてやるって、どういうこと? 顔中にハテナマークを散りばめて思わず堂上の顔をまじまじと見入ってしまった郁の視線から逃げるように、堂上は少しだけ目を背け 「あれが飲みたかったんだろ。俺のせいでおしゃかにしちまったしな」 と言った。 しかしその次の瞬間にはなぜか半分怒ったような顔で郁に人差し指を突き付けてきた。 「ただし! その一杯だけな! あとはおまえはウーロン茶だ。今日は柴崎がいないからな、本当につぶれるなよ。ただでさえ毎度まいど恥ずかしい思いして部屋まで運ばされてるのに、ましてや誰もいない部屋に送り届けるなんてさすがにもう勘弁だからな! 自分で歩いて部屋に戻れる程度までしか飲ませないぞ!」 「わかってますよ! そこまでご面倒おかけしません!」 「……そうであるよう心から祈ってるよ」 自信まんまんの郁に堂上がため息をついて答える。それに郁は「にぃーっ」と笑って返した。 ほら、もう大丈夫。素直に笑える力をもらったから。 この人の、いつだって元気をくれる魔法の手のひらに。 数歩先を歩くその手の持ち主の背中に、郁は精一杯の笑顔を送った。ありがとう、の気持ちを込めて。 |
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fin. |