発火ダッシュ 3・・・・・from「日本の夏が来た。」 |
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事務室に戻ってからまずはアイスを冷蔵庫に押し込んで(しかし半分程は在席していた隊員たちの腹の中に一気に片付けられた)、それから蚊取線香を窓際に据え置いて点火。炎をふっと吹き消すと、懐かしいにおいを乗せた煙がゆらりと立ち昇った。 「屋内で蚊取線香ってのも久しぶりだなあ、ガキの頃に田舎のばーちゃんち行って以来かもしれん」 「どうも蚊取線香ってーと奥多摩の山並みが思い浮かんじまうんだよなあ」 自分たちだって奥多摩に行く度にお世話になっているはずなのに、まるで珍しいものを見るように、アイスを手にした隊員たちが蚊取線香のまわりに集まる。やはり蚊取線香はもう普通の生活ではあまりお目にかかる機会のないものなのだろう。郁のようなケースの方がむしろ珍しいのかもしれない。 「あたしは家でも使ってましたし、あとはあれ、花火をする時に着火に使ってました。これなら子供でも危なくないからって」 「なるほどね。俺は花火セットについてた小さいロウソク使ってたけど、蚊取線香なら火も出ないから親御さんも安心だろうしね」 にこやかに小牧に言われて、郁はちょっぴりいたたまれない気持ちになる。それで言わなくていいのについ自分から暴露してしまった。 「……まあ、火をつけるのは線香でも、ロケット花火だのネズミ花火だの、明らかに危ない感じのやつばっかりバンバンやってましたけどねー……」 それは元気な兄三人に連れられてのことではあったが、しかし郁自身も手持ち型の小さな花火よりはそれらの派手な花火の方が好きだったことは否定できない。あー、これでまた笑われるんだろうなー、と身構えていた郁だったが、しかし周りの反応は郁の予想に反して非常に薄かった。あれれ? と思いながらも言葉を続ける。 「あ、でも最後に締めで線香花火やるのも大好きでしたよ。あのちっちゃくてぱちぱちしたのがかわいくて……」 と、途端に郁のまわりがざわめいた。 「なんだ笠原、そんなかわいらしいのがいいのか? お前はロケットだの打ち上げだの、派手な奴のが好きだろう!」 「十連発とか二十連発とかな! あと、打ち上げだと思って火つけたら噴き出し花火でがっかりしたとかあったろう!」 「パラシュート打ち上げたの拾いにダッシュしただろう! そんで他の子ぶっちぎって全部自分で取っただろう!」 あーもう! 全部その通りですけど! でもなんでその反応!? あたしが線香花火好きだっていいじゃないですか! どうせそんなかわいらしいのは似合いませんよ、とかなり不貞腐れた気持ちで残りの蚊取線香を箱に納めると、郁は緒形のデスクに向かった。 「あの、副隊長。線香がまだ余ってるので、庁舎内の他の部署にもおすそ分けしたいと思うんですが」 郁の申し出に、緒形は笑って頷いた。 「構わん。どこも状況は同じだろうからな、喜ばれると思うぞ」 「ありがとうございます!」 ぺこりとお辞儀をして、次は班長である堂上の元へ。 「という訳でして、ちょっと庁舎内回ってきます。すぐ戻りますので!」 そう言って敬礼して見せた郁に、堂上は「道草するなよ」と言い、それから「ああ、そうだ」と付け足した。 「医務に行ったら冷却シートの補充が済んでるか聞いて、もし済んでたら一箱もらってこい」 どうやらここ最近続いている記録的な猛暑のおかげであちこちのビルの空調が根を上げたらしく、どこの修理業者もてんてこまいで、ここ特殊部隊庁舎に担当者が回ってこられるのは頑張っても夕方になりそう、とのことだ。それまでの間、事務室内で熱中症になってはたまらない、ということだろう。 「了解です!」 郁は再び敬礼し、そういえば、「道草するな」と言いながら道草を言いつけるなんて変なの、と思ってついくすっと笑ってしまったのを堂上に見咎められた。 「何笑ってる」 「なんでもないです! いってきまーす!」 道草じゃないか、おつかい、だよね。思い直しながら郁はひらりと身を翻して事務室を後にした。 道草、とか、おつかい、とか……蚊取線香、とか。 なんだか子供の頃を思い出すものがいろいろ続くなあ。 ……世の中、夏休み、だもんなあ。 やはり開け放してある廊下の窓から見上げる空の青さと、ぽっかり浮かぶ雲の白さのコントラストに郁は目を細めた。 夏休みなんかなくても、大人にだってちゃんと夏は来るんだな。 そのことがなんだかうれしくって、郁は相変わらず蒸し暑い庁舎の中を小走りに歩いて行った。 受付、庶務、調達など、いくつかの部署を回って蚊取線香を配って歩いた郁は、最後に医務に立ち寄って線香を渡すと、それと引き換えにもう補充されていた冷却シートを一箱受け取って──朝出勤したら見事になくなってるんだもの、びっくりしたよ、と初老の医務官が笑って渡してくれた──事務室に戻ってきた。そこで「お前、またシート貼っておけよ」と堂上に言われ、全くもう、子供じゃないんだから、と思いつつも「はーい」と返事をして、今度は自分でうなじにそれをぺたりと貼った。それから「みなさんもどうぞ」と室内に呼びかけてはみたものの、結局郁以外は誰もそれに手を伸ばそうとはしなかった。 ──別にあたし専用じゃないのに。 郁は残りの入った箱を緒形に預け、少々複雑な気持ちで席に戻った。 小牧にも言われた通り、特殊部隊でただ一人の女性である郁が他の隊員たちに比べてスタミナがないのは、こればかりはもう仕方のないことだという割り切りくらい出来ている……はずだ。それでも、柴崎のような非戦闘職種に比べたら当然のことながらはるかにタフだし、一般の防衛部員と比べてもそう引けを取るものではないと思うんだけどな、と思って少しだけ拗ねてしまう自分もやっぱりいるのだ。 まあ、比べる相手が悪いんだけどね……書類仕事の合間にちらりと周りを見回せば、右も左も「屈強」という言葉がよく似合う男たちばかりで、それと、いくら並みの女性よりもずっとタフとはいえ、やはり女性である郁を比べること自体が間違っているのだ。 それに、スタミナはないかもしれないが他の隊員たちにはない瞬発力とバネ、そして何より足の速さは郁だけの武器だ。それを自分でも認めるからには、そしてそんな自分が彼らについて行くからには、自分の武器を生かしつつ、弱点をできるだけカバーするためには何をしなくてはいけないのか考え、実行しなくてはいけない。 ──だったら、こんなとこで拗ねてる場合じゃないでしょ、あたし! うなじの冷却シートをパンッと叩き、郁はあらためて書類に向き直った。 そんな郁を横目で見ていた堂上が小さく笑ったことには全く気付かなかった。 |
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