発火ダッシュ 5

・・・・・from「日本の夏が来た。」

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 特殊部隊庁舎は全館禁煙である。ゆえに、どうしても一服したい者は図書館のバックオフィスにある喫煙所を利用する決まりになっている。
 しかし問題の若い後方支援部職員を含む一部の職員はそれがどうにも面倒だったらしく、今までもたびたびあの倉庫で隠れて一服していたらしい。そしてあの倉庫を利用している調達担当者の中では密かに黙認されていたということだ。火の始末さえきちんとしてくれれば、という軽い気持ちだったのだろう。
「……いつもは、煙草の煙とにおいが漏れるとまずいんで、みんな窓を開けずに吸ってたんです」
 自衛消防隊による取り調べに件の後方支援部職員がうなだれつつ答えた。
「でも、今日は空調がアレだったんで、窓を開けずに籠るのは暑くて耐えきれなくて。そしたら、特殊部隊から蚊取線香が配られたじゃないですか。で、その煙があれば窓を開けてて煙が漏れてもそれで誤魔化せるかなって。線香のにおいもあるし」
 そうして部屋の隅に蚊取線香を持ち込んだはいいが、あろうことか、火のついた線香を書類の入った段ボールの上に直に置いていたと言うのだ。
「だって、煙は出るけど火は点いてないから大丈夫かと思ったんですよ!」
 結果は誰もが予想がつく通り、である。段ボールに引火し、折からの湿気のおかげでぷすぷすと不完全燃焼したその煙が開け放した窓から漏れたのを上の階にいた郁が嗅ぎつけて、その後はみんなの知るところである。

「ほんっと、唖然としましたよ! だって線香ですよ? 煙が出てるってことは火ぃ点いてんですよ? 触れば熱いってことくらいわかるだろうに、なんでそれを紙の上に直に置くとか! ホント信じらんないですよ!」
 早期発見と迅速な消火活動のおかげでボヤで済んだものの、一時的に特殊部隊庁舎から全員退避となったために堂上班も格闘訓練どころではなくなってしまい、鎮火が確認されたところでやっと事務室に戻り、第一発見者である郁が隊長室で玄田、緒形、それから堂上に事の次第を報告した。その内容に聞いた三人も同じように呆気にとられ、玄田に至っては「なんだそいつは、小学生か? 今時の若いもんは想像力ってもんがねえにも程があるな」と苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「しかし、最近は屋外での農作業やキャンプでもなければ蚊取線香を見る機会もなかなかないのが普通ですから、そういう危険性について知る機会もなかったのかもしれません。……とはいえ、自分で着火して、煙が出ている以上、いい歳した大人なんですから何が起こっているのかの想像くらいはついて欲しかったとは思いますが」
 別に件の職員をフォローしたい訳ではないのだろうが、認識すべき事実として堂上が述べる。それでも言葉の後半はやはり呆れと憤りがふつふつと滲み出しているのが郁にもわかるのだが、
 ──そいつが持ってきた線香のせいだ! そいつがあんなもん持ってくるから!
 自分を真っ直ぐ指差して言われた言葉が郁の耳に甦る。その糾弾が理不尽にも程があると言うことくらい郁にだってわかっている。それに、既に事が起きてしまった以上、もしもの話をしても仕方がない。
 でも……それでも。
 確かに郁が蚊取線香を各部署に配ったりしなければ、こんな間抜けな、しかし一歩間違えれば大惨事になっていたかもしれない火事など起きなかったかもしれないのだ。
 その可能性は確かにゼロではなくて、だから「信じられない!」と声をあげつつも、心のどこかで自分の責任について考えていた郁の目の前で、突然「堂上!」と玄田が大きな声を上げた。その音量にびくっとした郁など目に入らない様子で玄田は堂上に尋ねた。
「お前も、笠原はそのバカタレが出火させたそのときに居合わせた訳じゃないと判断するんだな?」
 その、郁の証言が客観的に見ても正しいものかを確認するための問いに、堂上は淀みなく答えた。
「はい。笠原を追って自分たちが一階にたどり着いた時には既に廊下にも煙が流れ出していましたし、笠原が走り出してから自分たちが追いつくまでのタイムラグを考えても、笠原が現場に到着してからの短時間で、たかが蚊取線香を火種にあそこまで煙が出るほど火が回るとは考えられません。そもそも、煙のにおいもなしに笠原が火事を感知することは不可能です」
 堂上の答えに、玄田はただ頷いた。
「なら、そのバカタレの全面的な過失ってことでうちからも報告をあげとけ。消防隊の報告書と齟齬が生じるようなら俺が潰してやる」
「潰すとか不穏当なこと言わないでください! 万が一にもそうなったら適宜するべき確認をして擦り合わせます!」
 玄田のいかにも玄田らしい発言に噛みついてから、堂上が郁に向き直った。その目が真剣で、郁は思わず背筋を伸ばす。と、いきなり怒鳴られた。
「お前も! 火災報知機より先に気付いて現場を押さえたのは確かによくやったが、煙の中に一人で飛び込むとはどういうつもりだ! まだあの程度のボヤだったからよかったようなものの、もっと大きな火になってたらお前一人で何ができたか!」
「すいません!」
 堂上の叱責に郁は素直に頭を垂れた。
 戦闘時にバディを崩すな、と耳にタコができるほど言われ続けているのは、一人が行動を起こすに当たってそれが行き詰らないようもう一人がそのバックアップをするためであり、それは逆にいえば、単独行動ではもし行き詰ってしまったらそこで状況終了となりかねない、ということでもある。
 それは確かに戦闘時のこととして叩きこまれてはきたが、戦闘とは別の非常時であっても同じことなのだ。堂上の言う通り、あの程度の状況だったから先に職員を追い出し、それから自分も退避することができたけれども、もしもあれ以上に悪い状況だったとしたら、郁一人ではどうにもならなかったかもしれず、最悪の場合、職員も自分も火に巻かれていたかもしれない。
 今回は、運が良かったのだ。
 しかし毎回運に身を任せる訳にいくはずもない。だから堂上の叱責は当然のことだった。
「でも、フォローありがとうございました! おかげで大事に至らずに済みました」
 郁が走らずともいずれ火災報知機は鳴動したし、そうすればすぐに消火活動は始まっただろう。しかし初動が遅れる分、被害はもっと拡大していたはずである。
 何より早く郁が異常を見つけ出しただけではなく、その後をすぐにフォローした堂上、小牧、手塚、そしてその他特殊部隊の隊員たちの存在あってこその成果なのだ。
「まあ、今回は結果オーライだ。次から肝に銘じておけばいい。そうだな? 堂上」
 そうそう庁舎内でボヤ騒ぎがあっても困るがな、と苦笑しながら言う緒形に、堂上も苦い顔で頷き、立ち上がった。
「今日の残りの時間は報告書の作成に充ててよし。戻るぞ」
 そう郁に言って堂上が玄田と緒形に敬礼したのにつられて郁も敬礼したとき、頭上でカチッと音がした、と思ったら、それに続いて空気の噴き出すような音がした。


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